第5話 真の聖女、偽りの聖女に教えを請うが
王宮からの先触れがあった。
聖女セイラ様がお呼びであるため、即駆けつけろ、と。
これから真の聖女としてシオミセイラには聖女の塔に住んでもらうことになる。
そうなると聖女の騎士の紹介をしておいた方が良さそう。
というわけで此度は王宮に行くには物騒すぎるけれど、聖女の騎士を全員引き連れて王宮へ向かった。
いつもだったらヘイヴルだけを連れて行くのだけれどこれからシオミセイラには聖女として生きてもらわなければならない。
そのためには聖女の騎士との信頼関係を築いてもらう必要があるだろう。
第一印象がどうなるかはわからないけれど、それは各々の騎士達に任せてもらうことにして。
「マ、マリーヴィア様、どうして聖女の騎士の皆様を……?」
先触れを出した桃色の髪の王宮騎士は案の定引いている。
私が王宮で聖女の騎士を全員連れて歩く機会など、巡礼の旅の前の期間ぐらいしかないから慄いているのだろう。
質問には答えましょうか。
「これからの聖女様には彼らと共に過ごすことになるでしょう。今日は彼らの紹介も聖女様にできればと思いまして」
「か、かしこまりました。皆様、セイラ様の元へご案内いたします」
桃色の髪の王宮騎士の案内に従ってシオミセイラの元へ向かう。
……シオミセイラはどうして私のことを呼んだのかしら?
シオミセイラがいるであろう場所が近い。
……シオミセイラがムウ=エデントールと口論をしている?
少し様子を伺いましょうか。
「だーかーらーっ! あのセーラー服の女の子からこの世界のことを教わりたいの! あんた、胡散臭いし信憑性が怪しいからヤダ!」
「せ、聖女様、ここは聖女様の下僕であるわたくしがこの世界のことを……」
「ヤダ! 下僕とか趣味じゃない!」
……ムウ=エデントールが下僕という立場を主張するとは、随分な趣味人だ。
私の前では随分な嫌味を言うような方だったのだけれど……。
「セイラ様、マリーヴィア様をお連れしました」
「本当っ!? ……久々の女の子だ〜!」
……あなた、昨日メイドに連れられてこの部屋に来たはずでは?
出てきそうになる突っ込みを抑えつつ、シオミセイラの方を見る。
彼女は昨日と同じ、灰色のブレザーの制服を一通り着用しているようだ。
「ねぇ、あなたはどうしてセーラー服を着ているの? もしかして先に異世界から来ていたとかかな?」
「いえ、この服装は先代の聖女、リカ様から賜ったものです。それに私は……」
「この者は“呼ばれていない”聖女、尊き碧い星から来たわけではなく、この世界で突然変異して現れた偽物です。真の聖女であるセイラ様なら」
「じゃあ、先輩ってこと!?」
……うん?
どういう理屈で彼女は私を先輩と呼ぶのに至ったのだろうか?
「えっと、マリ、マリ……、マリア先輩! あたしにこの世界のことを教えてください! このムウとかって人、胡散臭くて……」
「失礼ですが聖女様、この方はマリーヴィア=フォン=アストヴァルテといったお名前がございます。マリアなどと言った名前ではございません」
「ヘイヴル……?」
ヘイヴルの声にはどこか怒気が籠もっている。
この世界の貴族特有の長ったらしい名前を覚えられないから私のことをマリアと呼んでしまっただけだろう。
些細なことは気にせず、私に教えを求めているのなら応えるべきだと思うのだけれど……。
それに、私がマリアという名前なのも間違ってはいない。
前世の名前ではあるからね。
……今は全く関係のないことだけれど。
「じゃあ、マリーヴィア先輩! あたしにこの世界のことを教えてください! どうして異世界なのにパンとかじゃなくて米があんなに出てくるんですか!? あたし、朝はパン派なんです!」
「そ、そうね……」
シオミセイラは朝はパン派だったようね……。
この世界、パン、麦を加工したものを積極的に食べているのは聖女を信仰していない一部領だけだ。
保存食にはなるから彼女がパンや麦を加工したものを食べられるようになるのは巡礼の旅に出てからになるでしょう。
「聖女様! それならわたくしがお教えしましょう! なぜ米と呼ばれるものがここまで貴族に布教しているかと言いますと……」
「あの、あたしはマリーヴィア先輩から……」
……ここは断っておきましょう。
私が教えるべきなのは聖女としての実務、聖結界への光の魔力の込め方ぐらいにしておくべきね。
「……すみませんが、私は細かい歴史を学んでいません。ですが、こちらのムウ=エデントールなら詳しいことを知っているはずです。彼はこの王国の学園で優秀な成績を収めたと聞き及んでいます。ですので……」
「じゃ、じゃあ、一緒にお食事でも……」
「なりません聖女様! お食事ならわたくしと共に!」
「それはヤダ! 食事なら女の子としたいの! なんで男と楽しく食事をしないといけないわけ!?」
……う、うーん。
ここは場を辞したいところだけれど、私は彼女から招かれた立場だ。
彼女の許しなくこの場を去るわけには行かないだろう。
とは言っても彼女の願いを叶えるにはムウ=エデントールが邪魔ではあるのだけれど……。
「女性が必要であるならば他の者を呼んで参ります。聖女様、偽りの聖女と関わる必要はないのですよ」
「ヤダ! マリーヴィア先輩が良い!」
「ムウ殿、マリーヴィア様も忙しい身であるので、この場を辞しても?」
ヘイヴルが助け舟を出してくれた。
これでムウ=エデントールは私を追い出す口実を得られたでしょう。
「えぇ、構いません。むしろ邪魔です」
「それでは僕達はこれで。行こう、マリーヴィア」
「……えぇ」
「そ、そんな〜!」
追いすがるような目で私を見てくるシオミセイラを置き去りにして私達はこの場を辞すことにした。
……聖女の騎士達をシオミセイラに紹介できなかったわね。
どうしたものかしら……。
王宮を進んでしばらくして、私達は聖花の庭に近い場所で立ち止まる。
「さて、僕達はどうしようか。特に何もないようならいつも通りで良いかい?」
「……そうですね。聖女様もこの世界に召喚されたばかりで知りたいことも多いでしょうし、聖女の騎士である貴方がたを紹介しようかとも考えていましたが、聖女様がこの世界に慣れるまではこのままいつも通りの生活を送るしかなさそうですね」
「……マリーヴィア様、僕達、あの聖女様と過ごせるのでしょうか?」
「ヨルペルサス、人は誰しも最初から関係性が良好ではないのです。一歩ずつ、着実に聖女様との仲を深めていくのですよ」
……シオミセイラは私と比べるとだいぶ背が高い女性だ。
最も、私の背が低過ぎるのだけれど。
ヨルペルサスは聖女の騎士の中で一番年下の16歳だ。
成長期も訪れていなく、身長もシオミセイラと同じくらいか低いかだけれど、どうかしら?。
私の身長はヘイヴルよりも頭1つ以上は小さいけれど、ヨルペルサスは私の身長を超えている。
ヨルペルサスは臆病だから自分より背の高い女性に怯えているかもしれない。
……けれど、それは試練だと思って乗り越えてほしい。
聖女の騎士である以上、武力に秀でているのだから。
「な、なんとかなりますかね? あの方は女性を求めていましたが、聖女の塔には聖女以外の女性の出入りはできませんし……」
「……ヨルペルサス、それは初めて聞きました。どういうことですか?」
聖女の塔に聖女以外の女性は出入りできない……、確かにおかしな話だ。
どうして私は今まで疑問に思っていなかったのだろう。
確かに、おかしな話よね。
「ヨルペルサス。……それについては僕が教えるから、他のみんなは王宮騎士達をしごきに行くように」
「は、はい〜! ごめんなさい、マリーヴィア様!」
「よっし、やっとあの騎士共をいじめに行けるな!」
「……仕方のないことか」
「マイロス、エドガー、いじめるのは程々に、ですよ。やる気を削ぐことだけはあってはなりませんからね」
……聖女の騎士になることは王宮騎士にとっての憧れ、と言った噂を聞いたことがあるのだけれど、それは事実なのかしら?
弱いものいじめをしようとしているような会話のような……。
ヘイヴル以外の聖女の騎士を見送り、ヘイヴルの方を見上げる。
「さてマリーヴィア、話は聖花の庭でしようか。光の魔力は込めておくかい?」
「……折角なので、込めましょう」
ヘイヴルに言われるがまま、私達は聖花の庭へ立ち入ることにした。
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