第4話 始まりの朝
「おはよう、マリーヴィア。起きているかい?」
へイヴル=フレイ=ファロンディアの柔らかい声で目が覚める。
……寝坊したわね。
私は慌てて身を起こし、靴を履いて衣服を整える。
「マリーヴィアが自分でそんなことをする必要はないんだけどなぁ。今、僕が整えるよ」
「……」
聖女の騎士の本来の務めだと言わんばかりにヘイヴルが水の魔力で私の身支度を整えさせる。
寝癖まみれの白い髪の毛はまっすぐになり、別の髪型にセットされ、シワまみれの聖女の正装たる黒襟のセーラー服は整えられた。
……他人に身支度を整えて貰えば楽だというのはわかっているけれど、いまいち釈然としないのよね。
「今はまだ5の刻の前だよ。でも、マリーヴィアが起きるには遅い時間だ。……やはりあの儀式、もう少し前の時間にやってもらえなかったのかなぁ?」
「仕方のないことです。元より儀式自体が厳寒の季と恵実の季の狭間、24の刻の直前に行われるものでしたから」
「とは言ってもねぇ、条件をずらしても良いと思うんだけどな」
「本来は私のような者は存在するはずがないのでこのような決まりになっているのでしょう。仕方のないことです」
そう、私は今までにない
連綿と受け継がれ、最早絶対とされている伝統の儀式に逆らおう者は少ないだろう。
多少の睡眠不足は仕方がないと捉え、先へ進むべきだ。
「仕方のないことって言ってもねぇ……。……マリーヴィア、朝食できてるよ。先に食べよう」
「つまみ食いはいけませんよ、ヘイヴル。皆が揃ってから食べる物です」
「でもごはんが乾いちゃうよ。今日もマイロスを起こすのかい?」
「そのつもりです。ごはんはみんなで食べるもの、聖女の規律です。聖女の騎士の筆頭であるあなたが食欲に負けることも良くないです。空腹なのはわかりますが耐えるように」
「……はぁい」
朝のヘイヴルは空腹だということ、そして今日は寝不足であることもあり、やけに間延びした口調になっている。
朝ごはんを食べればしっかりするだろう。
まずはとにかく皆で朝食を食べるために下の階に降りよう。
ヘイヴル以外の聖女の騎士はすぐ下の階で寝起きをしているから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヘイヴルの腹の音を聞きながら私は下の階に辿り着いた。
さて、聖女の騎士の皆は起きているのかしら?
「マリーヴィア様、お目覚めですね! ……その、マイロスは」
「わかっていますクロード。起きていないのですね。私が起こします。他にも起きている騎士は……」
ヘイヴルとは違う赤髪の聖女の騎士、クロード=ルガートの他に起きている者がいないかを確認する。
エドガー=ニィラー、起床済みだが、亜麻色の髪が跳ねている。
マイロス=デモンドルト、起きていない。
ヨルペルサス=サタナリア、起床済み、薄緑色の髪に寝癖はない模様。
「ま、待ってください! マリーヴィア様! マイロスは僕が起こします!」
「ヨルペルサス、あなたの起こし方では優しすぎてマイロスが起きません。ですので、起きている者は全員耳を塞ぐように」
「あの起こし方をやるんですかぁ〜!?」
「いつもだろ。……諦めろヨルペルサス」
取り乱すヨルペルサスを尻目に諦めるよう窘めるエドガー。
そして私が紫色の髪の聖女の騎士、マイロスを無理やり起こすのもいつものことだ。
起きている聖女の騎士全員が耳を塞いでいることを確認した。
それじゃあマイロスを起こそう。
風の魔力の準備をして……。
「マイロス=デモンドルト!! 直ちに目を覚ましなさい!! さもなくばあなたの大切な物が朝の食卓からなくなることでしょう!! 生たまごは私が奪います!!」
「やめてくれ〜!!!」
これでマイロスが目を覚ました。
……結局これで生たまごが私の物になったことはない。
風の魔力で叫び声を倍増させる前はマイロスの分の生たまごを奪ってごはんにかけてとろとろたまごかけごはんたまごマシにできたのだけれど。
「マリーヴィア様! 生たまごだけは何卒!!」
「あなたが起きたのなら結構です。さあ、朝ごはんを食べましょう」
今日もマイロスを起こせたのでこれでよし。
それじゃあみんなが期待している朝食だ。
私は聖女の騎士達を後ろに従えて朝食が用意されている下の階に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございますマリーヴィア様。本日のお米はサンストカヌルヒカリの硬炊きです」
「そう、今日もありがとうライズ」
厨房は灰髪の調理師であるライズ=タキガルマが全てを取り仕切っている。
魔力という力があるとは言え、私以外男性で構成されている集団のおなかを満足させるごはんの用意は難しいというのに毎朝毎晩、時には昼ごはんの準備も欠かさずやってくれるのだ。
そしてなにより大変な炊飯も釜で行っているのだからその負担はとんでもないものだろう。
炊飯器と言っても過言ではない魔道器具が出ているのにもかかわらずだ。
ライズの炊飯に対するこだわりには脱帽せざるを得ない。
と物思いに耽っているうちに皆は自分の席に着いたようだ。
後は私が号令を出すだけ。
この号令も今日で最後になるかもしれないから、気合を入れてやろう。
「さて、昨日は聖女召喚の儀の護衛、ご苦労さまでした。今日から召喚された聖女様と関わる方もいるかもしれませんが、失礼のないように。それでは、いただきます!」
いただきますの大合唱が鳴り響く。
私も朝ごはんを食べよう。
……それにしてもシオミセイラはこの並んでいるごはんを見たら驚きそうね。
この世界の食事はほとんど和食で構成されていると言っても過言ではないもの。
どうしてこんなに和食のようなもので栄えているかと言うとこれまでの聖女が日本生まれということもあり、この世界では和食のような食事が普通だ。
しいて和食ではない部分を挙げるとするのなら魚がないことだろう。
残念ながら魚は湖がある領でしか捕れない上に和食の焼き魚に向いている魚は捕れない。
お刺身に向いている魚なら取れるけど……。
無論、巡礼の旅で私はお刺身向きの魚を食べたことがある。
もちろん美味しかった。
あれはアトランティックサーモンと言っても過言ではないくらい脂が乗っていて、風味もそのままアトランティックサーモンと言っても良かったのだ。
……おっといけない。
今は目の前の卵かけごはんに醤油を掛けないと……。
和食と言えば醤油。
これもどういうわけか存在する。
醤油と言ってもこれは水の魔力によってできた醤油で大豆で作られたものではない。
真実は醤油味のする水だ。
もちろん醤油味を濃くすることもできる。
醤油味のする水の構成は無限大だ。
その気になれば毒も仕込めるらしいけど、それは禁忌とされている。
もし毒を仕込もうなら仕込んだ対象が誰であっても極刑に課されるのだ。
死刑よりも酷い刑があるらしいけれど、どういった刑かは私も知らない。
……とは言うものの、魔力の強い人なら魔力の弱い人が作った毒なんてものは消化できるらしいので毒が作れるのはそれなりに魔力が強い人だ。
カワワカメ入りの具沢山味噌汁を飲む。
味噌汁の具になる野菜なんてものはその気になればなんでもありだ。
前世だってトマト味噌汁なんて物があったし、今生だって味噌汁の味を侵食するような野菜が入っていることもある。
野菜はたぶん大事な食料なので庶民も貴族も食べているのだ。
この世界にビタミンという概念があるかは知らないけれど、野菜はその気になれば即増やせるのがこの世界なのでみんな当たり前のように野菜を食べている。
……むしろお米の方が作るのに時間がかかるから高級品、というわけだ。
当たり前の事を反芻しながら、シオミセイラにどこまで教えるべきかを考える。
最も、私がシオミセイラに何かを教えることができるなんて保証はないけれど。
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