第3話 垣間見える将来の展望
聖女の騎士、へイヴル=フレイ=ファロンディアに連れられて、私は居住地である聖女の塔の最上階、聖女の部屋に着いた。
特に魔力による何らかの仕掛けは無し、塔の守り人は今日もしっかりこの部屋を守ってくれたみたいね。
「……聖女が召喚されてしまったな」
「えぇ、そうですね。これも私の力不足に起因するもの、仕方のないことです」
「マリーヴィア、これからキミはどうするつもりだ? 良ければ……」
「私は
へイヴルからの誘いを遮り、私は自分の表向きの望みを言う。
……私にはアストヴァルテ伯爵家という家があるけれど、光の魔力があると発覚してからすぐ、私はこの聖女の塔で暮らすようになった。
──あの家は私の帰る家ではない。
現に兄であるフォルトゥール=フォン=アストヴァルテは私のことを嫌っているようだから。
きっと両親も似たような思いを私に抱いているのだろう。
私はあくまでリカ様が
「……キミが市井に? 一体どうするつもりなんだ?」
「光の魔力は魔物に良く効くので、魔物狩りで生計を立てようかと」
「確かに、光の魔力は魔物に効くが、それは騎士がやるべきことだろう。聖女であるキミがやることじゃ……」
「いいえ、騎士の手が届かない場所もあります。ヘイヴル、あなたも私の巡礼の旅についてきたのなら見てきたはずです。トモリナイアの町の惨状を」
「……確かにそうだが、騎士の練度が足りていなかっただけだ」
「本当に、そうでしょうか?」
人というものは様々で見栄を張ろうとする者がいたり、他者の成果を奪おうとしたりするもの、要は悪人がいる。
そのような悪人の騎士達が住まう町、それがトモリナイアの町であった。
──トモリナイアの町は今、地図上にない町ではあるが。
あの町では聖結界があるのにも関わらずどういうわけかヘンデルヴァニア王国に入り込んできた魔族と悪人の騎士達が共謀して、民を魔物と繁殖させ、新たな魔族を産ませようとした、言わば人間牧場のようなものができてしまっていた。
巡礼の旅でそれを見てしまった私達、私とへイヴル=フレイ=ファロンディアを筆頭とした精鋭の騎士達は人間牧場を解体し、同族である賊に成り下がった騎士さえも殺め、騎士を唆した元凶の魔族も殺めることに成功。
人間牧場で飼われていた人間は繁殖の影響により代替わりが激しく進み、もはや魔族と化していたため全て殺処分を行い、元の町は灰へと返した。
手紙転送陣で送った報告書に国王陛下は酷く狼狽していたようだが、私達の独断での行動に口出しをされることはなく、今日ここまでの私達はここにいる。
私だけは別の道を歩まざるを得ないけれど。
「あの町のことを気にしているのなら気にする必要はない。あれはあまりにも例外な事例だ」
「……そうですね」
これ以上、私が始めようとしている事の展望をヘイヴルに話したら止められそうだ。
今日はもう遅いことだし、部屋に帰すべきだろう。
「ヘイヴル、今日はもう遅いです。身を休め、明日に備えるように」
「わかったよ。……マリーヴィア、市井で暮らす話は考え直してくれないか? 僕が」
「いえ、大丈夫です。今は明日からの聖女様にこの世界を紹介すると言った任務があるはずです。そのために身を休めなさい」
ヘイヴルは私を何かに巻き込もうとしているのか、やけに勧誘が激しい。
でもへイヴルには聖女の騎士という重大な任務があるはずだ。
私を必要になることがあるはずがない。
「仕方ないなぁ……。マリーヴィア、キミも休むんだよ」
「えぇ、当然です。本来であれば私はこの時間は眠ることが正しいのですから」
聖女の規律では21の刻には眠るようにと決まっている。
今日のようなことは例外中の例外だ。
睡眠不足は生きる上での全ての敵、しかし、明日は5の刻に起きなければならない。
──巡礼の旅を経験したとはいえ、厳しいものになりそうね。
「それじゃあ僕は隣の部屋で眠るから。侵入者が現れるようなら物音を出してね。決して1人で立ち向かわないこと」
「……わかっています」
ヘイヴルのいつもの決まり文句だ。
そんなものは聞き流して、ヘイヴルが隣の部屋に入るかどうかを見送る。
「そんなに見張らなくてもしっかり休むよ。それじゃあ、おやすみ」
「えぇ、おやすみなさい」
へイヴルが隣の部屋に入った。
これで安心して1人になれそう。
振り返ってただの大きなベッドしかない、殺風景の部屋を見やる。
シオミセイラはこんな殺風景な部屋で暮らせるのかしら?
それともなにかしらの調度品を頼む、なんてこともありえるのかもしれない。
……私が気にするだけ無駄な事ね。
「今日はもう寝ましょうか」
明日も早い。
この世界のことを何も知るはずのない真の聖女に色々と教えることが考えられる。
……最も、私が教えるべきことはムウ=エデントールが教えるのかもしれないけれど。
とりあえず、身を清めましょう。
私は水の魔力を使い、服ごと体の汚れを取り除いてベッドに潜り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……眠気が訪れない。
目を閉じていればそのうち眠れるはずなのだけれど……。
……私が失うものはオズワルド=レコストル=ヘンデルヴァニアの婚約者の立場とへイヴル=フレイ=ファロンディアを筆頭とした聖女の騎士、それから聖女という立場。
今生の私、マリーヴィア=フォン=アストヴァルテという人間が過ごしてきた日々のほぼ全てを失うことになるのだけれど、私の心は凪いでいる。
もっと重要な、ずっと重要な、進むべき未来があるからだ。
私が目指すべきなのは人々が魔族に脅かされることがない未来、そのために今、色々と準備をしている。
魔族を殺すための光の魔力を纏った双剣、戦うための防具となる衣服は聖女召喚の儀が決まったその日に依頼してもう手中に収めている。
すでに圧縮鞄の中に入れ、その圧縮鞄も身に着けているのだからいつでも飛び立てる状態だ。
……でも、飛び立つにはまだ早い。
真の聖女であるシオミセイラに聖女としての務めの引き継ぎが始まっていないから。
私が飛び立つのはシオミセイラが聖女の務めのやり方を覚えた時。
それまでは何も動かない。
……だから今は眠りなさい。
マリーヴィア=フォン=アストヴァルテ。
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