第34話:母の告白、呪われし血脈
ようやく取り戻した平穏に、セレスは自室で一人、安堵のため息をついていた。窓から差し込む月明かりの下で書物を紐解く時間は、彼女にとって何よりの癒やしだ。しかし、その静寂は扉を叩く音によって破られた。
「お嬢様、失礼いたします」
入ってきたのは侍女のミュリエルだった。その表情はどこか硬い。
「奥様がお呼びでございます」
「…お母様が?」
セレスは僅かに眉をひそめた。母、イザベラ・ド・モンテクリスト。ルミネを巡る一連の騒動の間も、モンテクリスト侯爵家として表立って動いたのはセレスだけであり、父は心労で胃を痛め、母は静観という名の傍観を貫いていた 。常に柔らかく笑みを浮かべ、争いを好まない彼女が、積極的に何かをしたことは記憶にない 。この期に及んで、一体何の話だろうか。セレスは一抹の不審を抱きながら、母の部屋へと向かった。
部屋に入ると、母はそこに座り、いつものように優しい笑みをたたえていた。だが、セレスが対面に座ると、その瞳からふっと笑みが消え、代わりに氷のような鋭い光が宿った。
「セレス」
発せられた言葉は、セレスの知る母の声ではなかった。静かだが、有無を言わせぬほどの威圧感をまとっている。
「あなたは領民のことを考え、善政を志している。世間の堕落した矜持にうつつを抜かすことなく、正義を以て不正に立ち向かい、家族を愛し、救い出した。…ですが」
母の言葉は、刃のように鋭利になっていく。
「そのあなたの正義が、この王国の脆弱な均衡を壊し、国そのものを崩壊させかねないほどの変化を呼び込んでいることを、理解していますか?」
突然の厳しい追及。あの温厚で、何事にも関心がなさそうに見えた母からの、あまりにも急な態度の変化にセレスは戸惑いを隠せない。
「お母様…?一体、何を…」
「とぼけてはいけません」イザベラはセレスの言葉を遮った。「お前がこの屋敷に連れ込んでいる、あのアルクという男…あれは魔族でしょう?」
その一言は、雷となってセレスの全身を貫いた。なぜ。アルクの正体は、リリスの幻惑魔法で隠されているはず。それを看破できたのは、聖女の血筋故に特殊な知覚を持つ自分だけだと思っていた。なぜ、母がそれを知っているのか。
衝撃に言葉を失うセレスに、母は冷たく言い放った。
「魔族はダメです。あの者とこれ以上関わることは許しません」
「な、なぜですか、お母様!?」セレスは思わず声を荒らげた。「彼らは…アルクは、私たちを救ってくれました!彼がいなければルミネは…!」
「それでもダメです」イザベラの声に感情の揺らぎはない。「魔族と人間は、あまりにも違いすぎるのです。似ているのは、その見た目だけ。生まれも、食するものも、その思考も、体に流れる血潮さえ、全くの別物なのです」
その断定的な物言い。まるで、自らの体験として知っているかのような口ぶりだった。セレスの混乱は頂点に達していた。
「お母様…なぜ、そこまで魔族のことをご存じなのですか…?まるで、ご覧になったことがあるかのように…」
セレスの問いに、イザベラは初めてその瞳に深い悲しみの色を浮かべた。そして、これまで決して明かされることのなかった、モンテクリスト家に隠された最大の秘密を、静かに、しかしはっきりと告げた。
「ええ、知っていますとも。…なぜなら」
一瞬の沈黙。
「あなた自身が、魔族の血を引く者なのですから」
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