第29話:聖光教会の崩壊と王子の失墜

 セレスは、王宮の外からゼファルの協力を得て広く聖光教会の調査を進めていく中で得た情報から、大きな問題が起きていることが分かってきていた。


 ここ最近で勢力と信者を増やしている一方で、聖光教会が運営する保護施設や診療所から、病気や怪我が治ったにもかかわらず、意識が戻らないまま姿を消した人々、そして強力な麻薬によって昏睡状態に陥らされた人々の証言だった。


 決定的であったのは、アルクの協力の元教会神殿に信者として潜り込んだリリスたちの証言であった。

 教会中央の神殿施設、その中でも中枢の地下施設まで入り込んでの証言の内容は恐るべきものであった。


 セレスはそこまでわかると行動は早かった。


 侯爵家の影響力と、下町の人々との繋がりを最大限に活用し、事実を記した瓦版を王都中にばら撒いた。元々、第二王子の失脚によって急激に勢力を拡大した聖光教会は、その焦りから末端の管理がずさんになっており、セレスの捜査がその綻びを完璧に突き止めていた。


 悲痛な叫びを上げる家族と、聖光教会を盲信していた信者たち。彼らの怒りは、瞬く間に燃え広がり、王宮へと向かう大規模なデモへと発展した。セレスは、その混乱の最中に、国王への謁見を強要し、クリストファー王子に直接問い詰めるという大胆な行動に出た。


 「クリストファー殿下!聖光教会が行っているのは、安寧の死などではない!それは、無為な命の略奪であり、魂の冒涜です!貴方は、この事実を知りながら、王位継承のために民を犠牲にしているのですか!」


 リリスの持ち出した証拠の数々、実際に使われた麻薬や、巫女が身に着けていた防毒マスクなど…


 彼女はあの危機の時に、とっさに近くの巫女と入れ替わり、難を逃れただけでなく、儀式の全容を暴き、中断させたうえで脱出していた。


 「聖光教会は、病に苦しむ人々に安寧の死を与えると謳いながら、その実、彼らの命を奪い、魂を精霊に捧げる供物にしていたのです!…そして、その無垢な魂の献上の見返りに……永劫の命、つまり不老不死を享受していましたね?!」


 セレスの鋭い問いに、クリストファーは顔色を変えた。彼の完璧な計画が、思わぬ形で崩れ始めたのだ。


「ば、バカなこと言うでない…私はこの国を想い、兄たちとは違い将来を憂いている。教会による思想と救いは大切な儀式だ…魂の救済、安寧なる安らぎを与えることに何の問題があろうか?」


「その救済のために私の妹を差し出させて、治療ではなく魂の浄化に利用しましたね?」

 愛すべきルミネッタの件ともなればセレスは容赦なく追及していく。


「そ、そのような証拠は…根拠もあるまい?」


「根拠…ですか?」セレスの凍り付くような視線が容赦なく王子に突き刺さる。

 広間にウォルフガングが法王テオドールを拘束して現れる。


 それまで黙って経緯を眺めていた国王が目を見開いて法王に声を掛ける「おぬし、あのテオドールなのか?」国王が驚くのは無理もなかった。実はテオドールと国王は年も近く、学友であった過去があるからだ。

 だが、しわを深く刻みひげを蓄えた国王に対し、20歳は若く見えるテオドールの肌艶は常軌を逸している。

「何という事だ…何と…羨ましいぞ…テオドール」

 国王はクリストファー王子の残虐な民を贄とした儀式の行為を咎めることなく、いや、眼中になくというのが正しいであろう反応をする…つまり、若返りにしか興味がないのである。


「親愛なる国王陛下…この場に手発現の許可をいただきたく存じ上げます」

 セレスと合流したアルクが改めて前に出て進言をする。

「なんだ、貴様…冒険者風情がこの場で発言を許されると思うな……少しばかり治癒能力に優れた仲間がいるからとて…」クリストファー王子が制そうとするがアルクはひるまずに語る。

「国王陛下が興味を持たれた不老不死についてでございます」

 ビクっと反応する王子と反対に前のめりに食いつく国王

「なんじゃ、わしにもその効果を期待するようなことであろうか?」


「ある意味、そうなりますが…その力をお求めになるのはやや早計かと……」

 アルクは合図を送る。

 テオドールを拘束するウォルフガングの後ろから、ガロンとリリスが進み出る。

 ガロンがマナの流れを閉ざし、リリスが呪法解呪を行う。

 勿論普通の人間には何が起きたかは見えない。


 だが、恐ろしい結果はすぐに表れた。

 妖精族との絆を切られた法王テオドールは、膝をついて苦しむとみる見る間に年齢を超えて髪髭は抜け落ち、頬はコケ、歯は抜け落ち目は落ち込みミイラのごとく姿になってしまった…だが、残酷なのはそれでも彼は生きていた。


「な、なんと!…いったい何が起きたのだ?!」国王は驚愕しながら声を絞り出す。

「法王テオドール様は、妖精族との取引契約で、人々から吸い上げた無垢の魂を捧げる見返りに不老不死を望みました…ですが、その維持のためには非常に大量の『人の死』が必要なのです…」

 アルクはリリスを見やり頷く「私の仲間が調査したところ、ざっと1回の儀式で100名の犠牲…それによって得られる若さは2年程度。非効率極まりなく、契約も脆弱で、このように解除されてしまえば反作用で得られたときの数倍の年齢を失うことになるのです」この事実こそが、協会が急激に信者を受け入れる…そしてその綻びを発生させる切っ掛けになっていた。


 この事実は、結託していたクリストファー王子も知らない事実だったようで「そ、そんな馬鹿な…」と頭を抱えている。


 そんな様子を見ていた国王は「永遠の命とは魅力的な話ではあるが…余も民があっての国王であることにはいささか自覚がある…テオドールは人としての道を踏み外してしまったようだな」と言い、手を振る。


 近衛兵がテオドール…だった老人とクリストファー王子を連行する。


 聖光教会の野望は、こうして露見し、完全に潰えた。


 塔の上の部屋は証拠隠滅を恐れたウォルフガングが制圧しており、ルミネッタは安全な状態で保護された。セレスは、意識を取り戻したルミネッタを抱きしめ、安堵の涙を流していた。


 「ルミネ、ルミネ……!」


 「お姉様……」


 抱き合う二人を見つめるアルクは、この姉妹の絆から染み出るマナを感じ、それがどれだけ自分の心を癒し落ち着かせるのかを感じて、これこそが自分が目指すべき道なのだと改めて自覚した。

 そして、彼女の心の強さとそれを発揮する行動力、決断力が自分にはまだ足りず、魔族の王子としての自覚をどう抱いていくべきかの手本になっていることを感じていた。


 アルクは、セレスに歩み寄り、その肩に手を置いた。セレスは、アルクのまっすぐな瞳を見つめ、静かに微笑んだ。

 アルクは、自分たちの立場を考えれば周囲は敵しか居ない状況でも、信念を持って自分たちを支えてくれ、自分が及ばない知識と経験を惜しみなく提供してくれたことに対しての強い信頼感を感じていた。

 それは、互いの間に、確かな信頼と、種族を超えた絆が生まれた瞬間だった。

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