第28話:聖光の光と影と真の目的

 「精霊族の糧を、より純粋なものにするための道具…それが、ルミネの役割だと?」

 ヴォルフガングが憤りを隠せないまま呟いた。

「そんなことをするメリットは、ありません。教団が掲げる信者の弱者救済とは異なりますよね?」

 リリスも眉を顰める。


 王宮で宛がわれた部屋で集まったアルク達は、ここで得た情報を整理することにした。

「塔への入り口は厳重な警護されて、中に入るのは容易ではない…だが、ガロンのマナの流れを察知する能力に寄れば、塔は地下にまでその構造としてマナを流すシステムが構築され、コントロールされているということだ」

 問題は地下の構造が複雑で、王宮の外に隣接する聖光教会の大聖堂とも密接に繋がっていることだけは分かっている。


「大規模な儀式のシステムとして構築されて運用されているのであれば、付け込める隙も見つけられるのではないか…検討してくれないか?」

 アルクの提案に、ウォルフガングは静かに応える。

「本職は戦士だが、潜入自体は訓練受けているからな…外壁よじ登ってルミネ嬢ちゃんの幽閉されている部屋に侵入は出来ると思う」


「では、私は熱心な聖光教会の信者として姿見替えて教会側から潜入しましょう」

 リリスも潜入による現場を抑えようと提案する。

 ゼファルは「それであれば、黒蜘蛛団のメンバーも数名付けましょう」

「よし、早速始めてくれ」アルク自身は改めてガロンの治療の時間でクリストファー王子と話を聞き深層に近づくための会話を試みようと決心する。



 月夜の晩、ウォルフガングは隙間のほとんどない塔のブロック壁をスルスルと登り、塔の最上階の囚われのルミネッタの元に向かう。

 ルミネッタの部屋は最上階にあり、部屋の中にも護衛兵と教団関係者が常についている状況であった。

「スキがない…」明り取りの窓から中を覗くが、そのまま押し入ってルミネを救出するのは容易ではなさそうだ。

「どうだ?」アルクの念話が聞こえてくる。

「直接の救出は難しそうですね…まあ、皆殺しで良ければ」本来の自分の得意分野ならというウォルフガングにアルクが応える。

「ここまで荒事は避けてきた。せっかく得た地位を失って迄決行する必要は無いだろう…ルミネを利用しているということは殺さないということだ…とりあえず、状況の報告を」

「今はさすがにルミネも休ませている様です。このまま潜んで動きがあったら報告します」

「ありがとう、ウォルフガング」

「え?今、私に礼を言ったんですか?」

「なんだ、問題あったか?」

「いえ、何でもありません…監視を続けます」


 ウォルフガングからは、部屋の中の中央に恐らくルミネがマナを注入するために使われているスイカほどの水晶玉を見てそこから漏れる恐怖や苦痛の感情が乗ったマナが見えていた。

 彼自身、人間界に興味本位で足を踏み入れて、アルクヴィズ王子の護衛という名の監視役をしつつ、潜入したこの世界をしばし堪能し、そこに特別な感情が生まれていた。

 元々戦士だった彼は、自分の強さを証明できれば何でもよかった。人間ごときその実力で切り伏せて進めば制圧するのことなど簡単なことと単純に考えていたが、その文化圏、マナの扱い一つとっても全く違う生き方をしている人間との共同生活を通じて、不思議な感覚で過ごしてきた。

 先ほどアルクから感謝の言葉を受け取り、これもまた今までにない感情がウォルフガングの中を巡った。不思議な感覚であった。



 一方リリスも聖光教会の一般に開かれたミサに潜入していた。

 絶望し、その日の生活の為の金銭もなく水にさえありつけない貧窮にあえぐ民衆に広く門戸を開きあたたかい食事と寝床を提供し、その見返りに紙に対しての祈りを捧げ、他に巣食われないと思われる人々を勧誘する。

 搾取し、支配し、虐げられる最下層の人々はその慈悲に縋るように続々と集まっていた。


 王宮のクリストファー王子の宮殿の奥に建てられた塔に寄り添うように建てられている神殿はシンプルな幾何学的デザインにまとめられた天使のアイコンを中心に建物自体も白く大理石と石灰岩で構成されており、同様にシンプルではあるが天井高く作られたその美しさと威圧感の両方を兼ね備えた構造で、信者たちを迎える。


「苦しい者、心身に辛い方は申し出てください。聖光の力で優先的に癒して差し上げます」教団職員と思われる巫女…頭部から全身を覆う様なローブを身に着け、顔部分には天使アイコンの刺繍された布を垂らし、個性が分からないようにしている…が、老人や病気の人間を選別して神殿奥に誘致している。

 リリスは老婆の見た目に幻影を掛け「生きているのが辛い…」と言いながら介護されて奥に進む。


 神殿地下には巨大なホールがあり、天井から壁に沿ってマナの通り道の管が設置されホールに円周上に配置された大理石のベッドに繋がっている。


 そのベッドの反対側からホール中央に向かって溝が彫られて繋がっている。

 ホールの中は異様なお香が焚かれ、信者たちはそれを吸って意識がもうろうとしている様だ。リリスは体内に吸収されそうになるその幻影物質を体内でマナを燃焼させて解毒しながら様子をうかがう。

「さあ、祈りを捧げなさい、不安も恐怖も苦痛も精霊天使様が浄化してくださいます」巫女が信者に囁く。信者がほとんど言葉にならない告解をすると癒しのマナが天井から下がっている管を通ってそのベッドに注がれる。

「ああ、苦痛が消える…不安が癒される」


 だがその瞬間信じられない光景がそこにはあった。

 足元からは癒しのマナが流れ込んでいるが、それによって癒され満たされた信者の体から致死量と確実にわかる魂の塊が抜かれる。

 マナと魂が抜け落ちた人の体は生命の営みを維持できず、器としての機能を失い…そして崩壊する。


 その光景を見て思わず飛び跳ねてしまいそうになるリリスは必死に自制し、巫女たちの視線から外れたタイミングを見計らいベッドからするりと降りると、障害物自体は多いことを利用して脱出を図ろうとする。だが…


「脱走しようとする信徒が居るぞ!」


 マナの流れも魂の昇華も、崩壊した人間だった器もない空いたベット自体はすぐに把握されてしまう。捜索されたらそれを上手く巻いて脱出は難しい…

(どうする?!いっそのこと魔法で吹き飛ばすか?)リリスは決断に迫られる。


「何事だ…」そんな巫女が慌てて捜索する中、中央に現れたのは聖光教会の法王テオドールだった。

「大切な儀式の最中だぞ」威厳ある立ち振る舞いは活力にあふれ、マナが染み出している…そう、不自然なほどに。


巫女の一人が慌てて説明する…

「供物の一人が消えたのです!」

「何だと?!探せ!!」テオドールの眉が跳ね上がる。

「法王様…儀式の中断はよろしくないのでは?」

「入り口を閉鎖しなさい、誰も出しても入れてもいけません」


 一斉捜索が行われて数分後

「捕まえました!」

「うむ…丁重に処置したまえ」


 リリスはその瞳に、儀式で失われる魂がホール中央の水晶の中に吸い込まれていくのを見ながら、人間の死と解放の感情が溢れるマナを受けて盛大に嘔吐した。

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