第27話:聖光の塔の秘密
「殿下、この者は、魔族の中でも特に異質な力を持つ。王宮に招き入れるのは、あまりにも危険かと……」
ゼファルが、ガロンの素性が露見することを恐れ、進言しようとした。しかし、アルクはゼファルを制した。
「クリストファー王子殿下。ガロンは、確かにルミネッタの回復に貢献しました。しかし、彼の力は、王宮内の医官たちとは異なる、特殊なものです。故に、治療にあたらせるには、細心の注意が必要です」
アルクは、ガロンの素性が知られることへの牽制と、彼を王宮に送り込むための足がかりを得ようと、慎重に言葉を選んだ。
クリストファーは、アルクの言葉を意に介さず、冷笑を浮かべた。
「特殊な力……。結構ではないか。この王国には、今、その『特殊な力』が必要なのだ。聖光教会の教えは、魂の浄化と精霊様の糧となる『安寧の死』を尊ぶ。しかし、その『死』を生み出す聖女の力は、未だ不完全。ガロン殿の力は、その不完全さを補い、より純粋な『糧』を精霊様へと捧げる助けとなるだろう」
その言葉に、アルクの胸に冷たいものが走った。クリストファーは、ルミネッタを文字通り「生きたまま捧げる」供物としか見ていないのか。そして、「安寧の死」という言葉の裏に隠された、狂信的な目的。
(ルミネを消耗品として利用するだけではない……。精霊族の糧にするだと!?)
アルクは、クリストファーの言葉から、精霊族の存在意義と、聖光教会の教義の歪みを悟り始めた。精霊族は、マナを生み出す存在であり、マナによって育った生物の「死」を糧とする。そして、その死が「安寧」であるほど、精霊族にとって極上の糧となる。クリストファーは、ルミネッタの聖なる力を用いて、人々の魂を「安寧の死」へと導き、精霊族に捧げようとしているのではないか。
「ガロン殿。明日より、ルミネッタ令嬢の治療にあたっていただこう。もちろん、アルクヴィス殿たちにも、王宮内での滞在許可を与える。ただし、行動は制限させてもらうがな」
クリストファーは、全てを理解し掌握し、計画通りと言わんばかりに言い放った。
ガロンを王宮に入れるという目的は達成されたが、アルクの胸には、新たな不安が募った。この男の狂気は、想像以上に深い。
(精霊族は、我々が生活している次元とは階層が違う存在だと言われている…直接の干渉がないので、魔族でも研究は進んでいない…クリストファー王子は、いや聖光教会は一体どのように精霊族とのコンタクトをとっているのか…何としてでもその根拠を知る必要があるな……)
王宮での滞在を許されたアルクたちは、クリストファー王子の監視をかいくぐり、ルミネッタが幽閉されている塔へと密かに向かっていた。
ガロンだけが、ルミネッタの治療に際して、彼女との接触を許されていたが、周囲に剣を構えた護衛と、王宮医師団の監視下で王宮内のクリストファー王子が手配した広間で行われていたが、それ以外ではルミネッタは別の場所に幽閉され、何をされているのかも当初は分からなかった。
王宮内の構造は複雑に入り組んでおり、同行してくれたゼファル指示のもと、ウォルフガングとリリスが潜入捜査を気付かれない程度に大胆に行い、把握して行った。
だが、突き止めた塔の近くに来ることまでは可能だが、中に入るには唯一の通路が警護されており、おいそれとは近づくことも入ることも難しい状態であった。
(治療はさせても、ルミネに何をさせているかまでは教えないということか…狡猾だな)アルクは、その塔以外は特に警戒されていない状況からも、今回の核心に繋がるものがそこにあると認識していた。
塔の中に入ることは困難であったが、塔自体に近づくことは比較的容易であった。
ガロンは、塔の周囲に満ちる不自然なマナの流れを静かに探っていた。彼の能力は、マナの流動を視覚化し、その異変を感知することに長けていた。
「ガロン、何か分かったか?」
アルクの問いに、ガロンは塔の壁に手を当て、眉をひそめて首を振った。
「不自然です。ルミネッタ様のマナは、一時的に活性化された後、意図的に鎮静化されている。まるで、何か大きな儀式の前準備のように…」
ガロンは、ルミネッタから発せられる聖なるマナが、塔の地下へと続く、見えない回路を流れていることを感じ取っていた。それは、王宮の地下に張り巡らされた複雑なマナの結界と繋がっており、その先には、人間社会には存在しないはずの、精霊族特有の純粋なマナが淀んでいた。
「ルミネッタ様の治癒の力は、聖光教会が謳う『安寧の死』とは真逆のものです。彼女は、病や怪我で苦しむ人々の痛みを癒し、魂に安らぎを与える。しかし……その『安寧』の過程で、人々から発せられる絶望や苦痛といった負のマナが、まるでフィルターを通されたかのように、ルミネッタ様を通して浄化されている……」
ガロンの言葉は、衝撃的なものだった。聖光教会は、病や老い、怪我に苦しむ人々の魂は、絶望と恐怖によって穢れており、精霊族にとって望ましい「糧」ではないことを知っていた。そこで、ルミネッタの治癒の力を用いて、その魂の穢れを浄化し、安らかな死をもたらすための「フィルタリング装置」として利用していたのだ。
「この塔の目的は…聖光教会の威厳や宗教的な人心の救済や掌握とは異なるように思われる…クリストファー王子は何を企んでいるのか…」
アルクは自分の知識の及ばない部分での、人間の『悪意』の恐ろしさを感じ取っていた。
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