第26話:聖光の狂気、交錯する思惑
王宮からの呼び出しを受け、アルクたちは警戒しながらも、第三王子クリストファーとの謁見に臨んだ。謁見の間には、異様なまでの静寂が漂っていた。クリストファーは、優雅な笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には、冷酷な光を宿していた。
「よくぞおいでくださいました、アルクヴィス殿。そして、ガロン殿。聖女ルミネッタを癒したという、その稀有な力、是非とも拝見したい」
クリストファーの言葉は丁寧だったが、その口調には、ガロンの力を試そうとするような、隠しきれない傲慢さが滲み出ていた。アルクは、クリストファーの背後に、巨大な「聖光教会」の紋章が飾られていることに気づいた。白い光と、それを包み込むような闇の曲線が描かれた紋章は、どこか不気味な印象を与えた。
「聖光教会……。第三王子は、この宗教の熱心な信奉者でいらっしゃるのですね」
アルクの問いに、クリストファーは意味深な笑みを浮かべた。
「然り。聖光教会は、この国で最も力を持つ宗教であり、我が王家の未来を照らす光だ。その教えは、死を通じて魂を浄化し、精霊様とひとつになることで、世界に調和をもたらすと説く。
ルミネッタ令嬢の聖なる力は、まさにその教えを体現するもの。そして、ガロン殿の力は、その聖なる力をさらに高める可能性を秘めていると聞く。我が王家、そして聖光教会は、その力に大いに期待している」
クリストファーの言葉に、アルクは強い違和感を覚えた。
精霊族は、実は魔族から見てもその正体を認識はできない。接触もないため研究も進んでいないが、分かっているのは死を通じて魂を糧とする存在。
死による魂を得たうえで、マナを生成する。
それは、魔族がマナを消費する存在とは、正反対の性質を持つ。しかし、クリストファーは、聖女の力と、ガロンの力を、まるで同じもののように、あるいは相互補完的なもののように語っている。その歪んだ論理に、アルクは、クリストファーの狂気を感じた。同時に、彼が精霊族の存在と、その力を深く理解していることに驚きを隠せなかった。
「ガロン殿。聖女ルミネッタ殿下の治療に、是非とも力を貸していただきたい。法王テオドール様も、貴殿の力には並々ならぬ関心をお持ちだ」
クリストファーは、ガロンに歩み寄り、その肩に手を置いた。その瞬間、アルクは、クリストファーの体から、微かに、しかし確かに、異質なマナの気配を感じ取った。それは、遺跡で感じた、淀んだマナとは異なる、もっと純粋で、しかし狂信的な、精霊族に特有のマナの気配だった。
(この男……精霊族と接触しているのか?あるいは、精霊族の、何らかの力を借りているのか……?)
アルクは、クリストファーの真の目的を測りかねた。聖女の力を利用し、精霊族の力を手に入れ、次期国王の座を狙う。それが、クリストファーの野望なのだろうか。そして、この王子の指示で、王宮近衛兵団の諜報部が自分たちを王都から遠ざけたことも、全てルミネッタを手に入れるための布石だったのだと確信した。
更にその上で、マナの扱いに長けたガロンという駒を欲したのだ。既にルミネが手元にあれば協力せざるを得ないという確信があるからに違いない。
(権謀術数…思考と策略を知識と話術で行う人間同士の駆け引きは、魔族には無い深い部分での駆け引きを求められる…特にこの王族に関わる人々の強かさは、力や魔力に頼らんとする魔族では及ばない領域に達していると言える……もしや…父上はこのことを知って私に力でないなら策謀をもって魔族をまとめることができるのか?という問いを持って僕にこんな試練を用意したのだろうか…)
アルクは思考が周巡していることに焦り、状況を打破するための方策が精霊族に関わる秘密を突破することだけを模索する…
その頃、モンテクリスト侯爵邸では、セレスが孤軍奮闘していた。ルミネッタが連行された悔しさを胸に、彼女はすぐさま反撃の狼煙を上げていた。
「ミュリエル、法王テオドールの過去について、徹底的に調べなさい。彼が聖光教会の法王に就任するまでの経緯、そして、その間に彼がどのような人物と交流していたか、全て把握するのよ」
(あの宰相は、第二王子を後援する王国最大の派閥だった。彼の失脚は、私の手で成し遂げたものだと、誰もが思っている。しかし、まさか……あの時、私はクリストファー王子の手のひらの上で踊らされていたとでも言うの!?)
セレスは、自身の書斎で、数多の資料を広げ、唸っていた。宰相の失脚は、彼女が王宮の腐敗を暴き、辺境の民を救済するという、自身の正義感に基づいた行動の結果だったはずだ。しかし、今思えば、その行動が、宰相派閥の弱体化と、クリストファー王子と聖光教会の台頭に、あまりにも都合よく繋がっていた。
「ミュリエル!法王テオドールの、聖光教会での発言の記録を全て集めなさい。特に、精霊族と『死』、そして『魂の浄化』に関する言及を重点的に調べて!」
セレスは、王宮内の情報網を駆使し、法王テオドールが聖光教会でどのような教義を広めているのかを詳細に探らせた。彼の言葉が、精霊族の糧となる「安寧の死」をどのように美化し、人々に受け入れさせているのかを。
そして、聖光教会が国王への影響力を強めていることも判明した。宰相がいなくなった今、テオドール法王の言葉は、かつてないほどの重みを持って王宮に響き渡っていた。
「王宮内で、ルミネの聖なる力が、特定の儀式に利用されようとしているという噂を流しなさい。ただし、具体的に誰が、とは言わない。曖昧な表現で、貴族たちの間で不安と疑念を煽るのよ」
セレスは、世論を味方につけるための情報操作を始めた。彼女の狙いは、クリストファー王子と聖光教会への不信感を高め、彼らの動きを牽制することだった。
(アルク殿は、王宮に潜り込んだ。今、私にできることは、外から王宮を揺さぶり、彼らが動きやすい状況を作ること。そして、クリストファー王子の真の目的、聖光教会の闇を暴き、ルミネを救い出すことだわ!)
セレスは、自身の正義感と、妹への愛情を胸に、王宮の闇へと立ち向かう覚悟を新たにした。彼女は、王国の腐敗を正す「悪役令嬢」として、そして、愛する妹を守る姉として、その知略と行動力を最大限に発揮し始めた。王宮という敵地で、アルクたちとセレスの、それぞれの戦いが、今、本格的に幕を開けた。
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