第25話:王宮の闇と聖光の裏側
王宮からの個人名指定での召喚は、この期に及んでは断る理由はない。
しかし、どのような対応が適切かで今後の動きは大いに変化する可能性が高い。
アルクは、兎も角も可能性含めた検討を始める。
王宮の問題がある一方、古代遺跡での調査は、アルクたちの知る魔族の歴史に、深い疑念を投げかけていた。
遺跡の最深部で発見した「大地の心」の傷跡、そして、人間がそれを無理やり搾取しようとしていた痕跡。さらに、コヨミの「マナ結晶化」や、ハヤトたちの「無意識のマナ制御」という技術。これらは、アルクが魔界で教えられてきた人間像とは大きくかけ離れていた。
「人間が、これほど高度なマナの技術を持っていたとは……。我々が教えられてきた歴史とは、まるで違う」
リリスが、遺跡の壁画に描かれた、マナを操る古代の人間たちの姿を見て呟いた。
「魔族と人間は、急激に接触し、戦争が始まったと教えられてきた。しかし、この遺跡の痕跡は……」
ヴォルフガングもまた、自身の知識と現実との乖離に戸惑っていた。遺跡に残された、古代の人間と魔族の間の、共存と衝突の曖昧な境界を示す描写。それは、彼らが学んできた歴史が、意図的に矮小化され、捻じ曲げられてきた可能性を示唆していた。
「……遠い過去から……因縁があった」
ガロンが、遺跡の奥で発見した、魔族が残したと思われる古代文字を読み解いた。そこには、人間と魔族が互いのマナを研究し、時に協力し、時に争った、複雑な歴史が記されていた。
これまでの魔族との国境付近での小競り合いは、単なる表面的な紛争に過ぎない。その根底には、太古からの深い因縁と、人間が持つマナの可能性、そしてそれを巡る魔族の好戦派の暗躍が絡み合っているのだ。アルクたちは、自身の知識が、いかに狭く、偏っていたかを痛感し始めていた。
その頃、王都で孤軍奮闘するセレスもまた、アルクたちとの関わりを通じて、魔族に関する知識の少なさ、そしてその情報が意図的に封鎖されている事実を強く感じ始めていた。
(なぜ、これほどまでに魔族に関する情報が少ないのか。そして、なぜ、王家や貴族たちは、その存在を過度に恐れ、あるいは利用しようとするのか……)
ルミネッタの件は、そうした魔族との関わりに関する情報封鎖が、いかに王国の判断を誤らせ、危険な状況を招いているかを痛感させる出来事だった。
王国の宗教は、精霊族を崇めるものだった。精霊族は、物理的な存在である魔族とは異なり、より概念的で抽象的な、別次元の住人だ。彼らはマナを生み出す存在であり、その糧は、マナによって育った生物の「死」――具体的には、魂と呼ばれる意識の集合体が命の源だった。人間にとっては神であり、死神でもある精霊族は、宗教を通して「安寧の死」を最も極上の糧とし、「苦痛の死」や「残念する死」を避けるべきと考えていた。そして、王国の中心まで入り込んだこの宗教は、精霊と接触できた人間によってもたらされた死生観を扱う経典を基盤としていた。
セレスは、第三王子クリストファーが、この精霊を崇める宗教を強く後援しているという事実を知っていた。
彼の次期国王の座を狙う動きと、聖女ルミネッタの召喚、そしてこの宗教がどう結びついているのか、セレスはまだ明確な答えを見出せずにいた。しかし、その背後に、宗教を利用した何らかの大きな思惑が潜んでいることを、彼女は直感的に察していた。
(セレス殿は人間としての特異な能力も持たず、己が信念と慕われる人柄と決断と行動でこの理不尽な世界で闘っている。私も父から課せられた命題は、私自身の性格とこれまでの経験では難しい問題であると考えつつも状況がそれしか許さなかったがゆえに今に至る…監視役のゼファルは、信用に値する結果を僕にもたらしてくれる…もちろん彼自身が私の腹心としての忠誠などはないのかもしれない…だが、少なからず逆らったり邪魔をしてくることもない…この期に及んでは是非もない。)
王家からの呼び出しを受けたアルクたち。それは、セレスが単身で立ち向かっていた王宮の闇に、魔族であるアルクたちが足を踏み入れることを意味していた。この呼び出しが、彼らに何をもたらすのか。セレスは、祈るような気持ちで、その知らせを待つことしかできなかった。
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