第21話:二つの光、古の嘆き

 古代遺跡の深部へと足を踏み入れるたびに、微かに残ったマナの淀みは濃さを増し、アルクたちの不快さを刺激した。同時にどこか清冽な『東雲しののめ』のマナが周囲の澱みを僅かに浄化しているように感じられた。


 アルクは、ハヤトたち『東雲しののめ』の面々が、視覚による認識なく自然にマナを操っていることに、改めて驚きと畏敬の念を抱いていた。


(彼らが使う術は、我々魔族が長年かけて築き上げてきたマナ理論とは全く異なる。特にコヨミ殿の「マナの結晶化」の技術は、普段周囲にあるマナを自然に取り入れて蓄積し、無意識に扱う魔族からすれば、枯渇した際の緊急吸収という利便性を考えると、驚くべき技術だ…)


「ここから先は、より危険になる。用心せよ」

 ハヤトが静かに言った。その言葉に、アルクたちは身を引き締めた。


 これまでにも強力な魔物が現れていたが、遺跡の奥へ進むほど、その数は増し、凶暴性も増していた。

 アルク達は、感情によるマナの流れを汲み取ることはできるが、東雲メンバーによる「殺気」「気配」といった、意図的にコントロールされたマナの流れを知覚することは難しく、逆に強い感情の発露の後の残滓は見抜くことが出来たため、互いにその察知能力を驚くしかなかった。


 遺跡内部は、複雑な構造をしており、幾重もの罠や、強力な魔物の巣窟となっていた。

 ヴォルフガングとハヤトは、互いの剣技を競うように最前線で魔物を排除し、ロウガは、その巨躯きょくで仲間を守り、ガロンは、冷静に周囲のマナの流れを読み解き、危険を察知した。

 リリスとコヨミは、それぞれの魔法で後衛から支援し、シノは、影に身を潜め、情報収集と奇襲を繰り返した。


 魔族であるアルクたちと、人間である『東雲しののめ』の面々。


 種族は異なれど、それぞれの能力と役割が完璧に噛み合い、彼らはまるで長年共に戦ってきた戦友のように、よどみなく連携を繰り広げた。


 アルクは、彼らの戦いを見つめながら、あることに気づいた。

 この遺跡の魔物たちは、単に凶暴なだけでなく、どこか「狂気」を帯びていた。


 彼らの目には、激しい憎悪と、そして深い「悲しみ」のようなものが宿っているように見えたのだ。

 それは、この遺跡が、かつては清らかなマナに満ちていた場所だったが、何らかの理由でその力が歪められ、マナが濁ってしまったことの証のように感じられた。



 やがて、彼らは遺跡の最深部へと到達した。



 そこは、広大な空間が広がり、中央には巨大な水晶の結晶ような構造体が割れた固い岩の地面から突き出しており、割れた奥は鉱脈の様に奥に続ているように見えた。しかし、その突き出した水晶の結晶は、本来放つべき清らかな光を失い、ひび割れ、淀んだ暗いマナが漏れ出していた。


(これは……「大地の心」の痕跡、なのか?このように歪んだマナがこの大地を経てここに吹き出しているのだろうか?このようなことがあり得るのか…長くマナに関して研究もしていたが、このようなケースは初めて見る)


 アルクは、水晶に手をかざした。その瞬間に、膨大な情報が彼の脳裏に流れ込んできた。


 かつて、この地は、この水晶が「大地の心」として脈動し、清らかなマナを世界に送り出す場所だった。

 しかし、遥か昔、人間がその力を過剰に利用しようとし、そのマナを無理やり抽出しようとした。

 その結果、「大地の心」は傷つき、力を失い、純粋なマナを送り出すことができなくなった。それどころか、長年の搾取と地上での動植物、鉱物資源の搾取、森は焼かれ、田畑の加工で垂れ流された毒が大地に垂れ流され歪んだマナ、すなわち「瘴気」を吐き出すようになり、周囲の自然も、そこに住む魔物たちも、その影響を受けて狂暴化してしまったのだ。


 その時、アルクは、水晶のひび割れの奥から、微かながら別のマナの気配を感じ取った。それは戦場で流された血と魂が引き裂かれる絶望の怨嗟、恐怖、失望といった負の感情の連鎖が大量の【死】という戦場で起きる大きなうねりが色濃く残っている。

(死臭…この感情の混ざったマナは僕には受け付けられないレベルのモノだ……好戦派はこんなものを好んで享受しているのか…?)


 アルクは、顔を曇らせた。人間が「大地の心」を破壊し、その結果生じたマナの淀みを、魔族の好戦派の悪趣味な嗜好品を提供することに大義名分を与えている。それは、まさにアルクが危惧していた、人間と魔族の悪しき連鎖が、現実のものとなっている証拠だった。


東雲しののめ』の面々もまた、水晶から放たれる澱んだマナの気配を感じ取っていた。


「この場所の邪気は、尋常ではありませんな」

 ハヤトが、刀の柄に手を置き、警戒を強めた。


「人の世の、深きごうが、ここに集いしもの……」

 ロウガは、静かに錫杖を地面に突き立てた。


 コヨミは、符を構え、水晶から放たれる負のマナを鎮めようと試みる。シノは、周囲の気配に集中し、新たな脅威がないかを探っていた。


 アルクは、水晶から手を離すと、重い息を吐いた。


「この「大地の心」は、深く傷ついている」(さらに魔族の好戦派との諍いがさらなる悪化を引き寄せている…)


「アルク殿は不思議なお方ですな」

 ハヤトが警戒心からか視線はこちらに向けずに言う。


 何かを察したかは分からないが、魔族と見破られたのか?と警戒しながらもアルクは問い返す「そうでしょうか?」


「はい、我々は長い年月を修行し、マナの流れを感じ取れるように訓練いたします。体に巡る気、血流をコントロールして非凡なる力を発揮するのですが、アルク殿はまるでそれが自然に在って何の訓練も無く、我らが空に浮かぶ雲を見て天気を予想するより正確にマナの流れを感じていらっしゃるようだ」


「私は…、魔法が使えます。こう見えてもマナについて長年研究してきているのですよ。ハヤトさんこそその若さでそこまでの慧眼、感心致します。」

 ギリギリ嘘にならない様にアルクは語る。


 護衛していた調査隊の研究班がサンプルを採取し、薬品を使ったり研究を開始する。だが、彼らよりもはるかに複雑で大量の情報をアルクは既に得ていた。


 アルクは、この遺跡での発見を、セレスに伝えなければならないと感じた。人間界の「発展」が、いかに世界の根源を蝕んでいるか。そして、その歪みが、魔族の好戦派の活動をいかに助長しているか。


(この真実を、セレスに伝え、共に解決策を見つけ出す必要がありますね……彼女はこの事実をどう受け止めるであろうか…ある意味、彼女自身も含む人間の営みそのものを否定することにも繋がりかねない……だが、人間と魔族の全面対決は更なる混沌を招くことになる…彼女の様な人間もいて、未来を世界を周りにいる人たちを幸せにしたいと考えている存在を全否定は出来ない)


 この古代遺跡の調査は、アルクたちに、マナの枯渇問題の深刻さと、人間社会の抱える闇の深さを改めて突きつけた。同時に、『東雲しののめ』という人間の冒険者たちとの出会いは、アルクたちに、人間にもマナを扱う新たな可能性が秘められていることを示し、共存の道への希望を、かすかながらも灯したのだった。

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