第22話:孤高の令嬢、王宮の嵐

 ルミネッタの召喚状を前に、セレスは侯爵邸の一室で、蝋燭の灯りの下、黙考していた。疲労と焦燥が滲む顔に、しかし、決して諦めの色は浮かんでいなかった。


 王宮に逆らえば反逆罪。差し出せばルミネッタは人質となり、セレス自身の行動は完全に制限されるだろう。アルクたちの不在が、この状況を一層困難にしていた。


「ミュリエル、返書は送ったわね?」


 セレスの問いに、ミュリエルは小さく頷いた。


「はい、お嬢様。『聖女ルミネッタの病状は、奇跡的に改善傾向にありますが、未だ繊細な時期であり、無理なご出仕は聖女としての力を損なう可能性がございますゆえ、今しばらくの静養を賜りたく存じます』と」


 セレスは、その返書の内容を頭の中で反芻した。王家への敬意を示しつつ、あくまでルミネッタの病状を理由に、時間稼ぎをする。


「そして、万全の体調で王家に貢献するため、王家お抱えの医者による継続的な診察と、回復後の王宮内での『聖女の教育』の場を設けていただくよう、丁重に願い出たわね?」


「はい、お嬢様。その通りに」


 セレスの狙いは、王家がルミネッタを必要としている焦りを利用し、彼女の『価値』を最大限に高めつつ、主導権を握ることだった。病状の『不安定さ』を強調することで、王家が性急な行動に出るのを牽制し、同時にルミネッタの体調管理を、モンテクリスト家が主導できるよう、条件を突きつけたのだ。


 しかし、王家がそれほど簡単に引き下がるとは思えない。セレスは、ルミネッタの部屋へと向かい、彼女の傍らに座った。


「ルミネ。王宮から、貴女への召喚状が届いたわ」


 セレスの言葉に、ルミネッタの顔から血の気が引いた。彼女は、王宮で消耗され、苦しんだ記憶を鮮明に覚えていたのだ。


「嫌……お姉様、またあそこで、苦しむのは……」


 ルミネッタの震える声に、セレスは胸を締め付けられた。しかし、ここで妹の不安を煽るわけにはいかない。


「大丈夫よ、ルミネ。今度は、お姉様が貴女を守る。貴女は、もうあの頃の貴女ではないわ。ガロン殿から学んだマナの制御を、今こそ使う時よ」


 セレスは、ルミネッタに、ある指示を与えた。それは、ガロンから学んだマナの知識を応用し、一時的に体内のマナの流れを乱すことで、聖女としての力が「不安定である」と偽装する方法だった。

 王宮の医者たちが診察しても、確かにマナのバランスが崩れているように見せる。これは、王家がルミネッタの聖女としての力を『確実なもの』だと判断し、強引に連れ去ろうとするのを防ぐための、最後の手段だった。


 同時に、セレスはミュリエルに命じた。


「王都に残っているゼファル殿には、王宮内の情報をさらに深く探らせなさい。特に、この召喚を強く推し進めている貴族や、その背後にいる者たちの真の意図を。そして、もし王家が強硬な手段に出るようであれば、モンテクリスト家の騎士団をいつでも動かせるよう、準備をさせて」


 モンテクリスト侯爵家は、政治には疎く父も社交的ではないが、王都でも屈指の武門の家柄だ。王家が強硬策に出れば、衝突は避けられないかもしれない。セレスは、その可能性も視野に入れていた。


 数日後、王宮からは、セレスの返書に対する、やや苛立ちを含んだ返答が届いた。


「聖女の回復は喜ばしいが、病状が不安定であるならば、王宮で万全の医療体制を整えるべきである。直ちにルミネッタを王宮へ出仕させよ。貴侯の要求する護衛と医療体制は、出仕後、改めて検討する」


 王家は、セレスの要求を突っぱね、ルミネッタを即座に引き渡すよう命じてきたのだ。そして、その返書には、王宮から直接、王家騎士団がルミネッタを「護衛」として迎えに来る旨が記されていた。これは、事実上の強制連行を意味していた。


 セレスは、奥歯を噛み締めた。やはり、王家はルミネッタを、単なる道具としてしか見ていない。


「お嬢様……どうなさいますか?」


 ミュリエルが、不安げな表情でセレスを見つめた。


 セレスは、一度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。その碧い瞳には、燃えるような決意の光が宿っていた。


「正面からぶつかるしかないわ。王家騎士団を迎え入れる。そして、彼らの前で、ルミネの『不安定なマナ』を見せつける」


 彼女は、覚悟を決めた。王家騎士団が侯爵邸に到着した際、ルミネッタがマナの制御を失ったかのように見せかけるのだ。聖女の力が不安定であれば、王家も迂闊に手が出せない。そして、その混乱の最中に、アルクたちからの連絡を待つ。


 これまではセレス一人で全てを決め、全ての責務を負ってでも独りで戦ってきた。

だが、このピンチに魔族のアルクの姿と協力を当てにしていることに違和感を感じていない…そのことにフと感じるものがあったのか少し笑う。


 王宮の影が、モンテクリスト侯爵邸へと迫っていた。セレスは、孤高の令嬢として、王国の腐敗と、愛する妹の未来を賭け、王家との直接対決に挑もうとしていた。この嵐のような状況の中、アルクたちはまだ戻らない。セレスの知恵と勇気、そして何よりも彼女の強い意志が、この絶望的な局面を切り開く唯一の希望だった。






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