第19話:古代の秘蹟、マナの結晶

 ルミネッタの回復と、ガロンによるマナ教育の日々は、モンテクリスト侯爵邸に新たな光をもたらしていた。

 セレスは、妹の順調な回復と、魔族との共存への可能性に心を弾ませる一方で、王都ではエルメス公爵の失脚によって生じた権力の空白を巡る駆け引きが激化し始めていた。


「木漏れ日酒場」に戻ったアルクたちは、新たなギルド依頼に目を通していた。エルメス公爵の一件で、貴族からの警護任務は減ったものの、彼らの実力はギルド内では高く評価されており、難易度の高い依頼が舞い込むようになっていた。


 その中でも、アルクの目を引いたのは、最近発見された古代遺跡の調査に関する依頼だった。



「依頼内容:最近発見された古代遺跡の調査隊の護衛と、内部の危険な魔物の排除を依頼。遺跡には強力な遺物が眠っているという噂がある」



 マックスからの情報で、その遺跡がかつて「大地の心」が脈打つ場所だった可能性が高いと聞いていたアルクは、迷わずこの依頼を選んだ。マナの枯渇問題の根源に迫るための、貴重な機会になるだろう。

 「大地の心」は大地のマナの流れが集まる場所を差し、魔界でもそういった場所は稀有で、占有でもすれば魔族内での争いに発展しかねない貴重なスポットと言える。

 人間側からすると、マナの流れ自体を視覚的にとらえることが出来ないとはいえ、一部の魔法体系などでマナそのものを扱う技術はあるため、そう言ったスポットに対する知識とコントロールのための研究は行われてきたと考えるべきだろう。


 ギルドでの手続きを終えると、マックスがアルクたちに声をかけてきた。


「この依頼、他にも引き受けるパーティーがいるんだ。そちらも腕利き揃いでな。『東雲しののめ』というグループで、隊長はハヤトという。一度顔を合わせておくといい」


 マックスの紹介で、アルクたちはもう一組の冒険者パーティーと顔を合わせた。彼らは、人間離れした静謐せいひつな雰囲気を持つアルクたちとは対照的に、東洋風の装束を身につけ、どこか異国情緒いこくじょうちょを漂わせていた。


 隊長は、腰に刀を帯びた、引き締まった体躯の青年、ハヤト。その隣には、剃髪ていはつした袈裟を纏った巨漢の男、ロウガ。さらに、顔を笠で隠し、手には数珠と符を持つ女性、コヨミ。そして、全身を黒い装束で包み、ほとんど気配を感じさせない小柄な人物、シノ。


「『東雲しののめ』隊長、ハヤトと申します。どうぞ、よろしく」


 ハヤトは、礼儀正しく頭を下げた。その立ち居振る舞いには、武人としての気高さが感じられる。アルクは、彼らから放たれる、どこか清冽せいれつなマナの気配に、好奇心を覚えた。


 遺跡へと向かう道中、アルクたちは『東雲しののめ』の面々と行動を共にした。彼らは、偵察や情報共有、連携において極めて優れており、それぞれの役割を完璧にこなす。


 道中、遭遇した魔物との戦闘で、アルクたちは『東雲しののめ』の異様な強さを目の当たりにした。


 ハヤトの刀は、一振りで風を切り裂き、魔物を両断する。彼の太刀筋には、単なる剣技を超えた、何か流れるようなマナの制御を感じた。


 ロウガは、巨大な錫杖を振り回し、岩をも砕く一撃を繰り出す。その肉体には、驚くほどのマナが宿っており、まるで鋼鉄のような堅牢さを誇っていた。


 シノは、影に身を潜め、一瞬にして魔物の背後に回り込む。彼女の動きは、マナの存在をほとんど感じさせず、ヴォルフガングでさえその神速に舌を巻いていた。


 そして、コヨミ。彼女は、符を操り、呪文を唱えることで、炎や氷の魔法を繰り出した。


「――急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 コヨミの言葉と共に放たれた炎が、魔物を焼き尽くす。しかし、アルクが驚いたのは、その魔法の威力だけではなかった。コヨミは、戦闘中、時折、懐から透明な光の塊を取り出し、それを体内に吸収しているように見えたのだ。


「あれは……何をしているんだ?」


 アルクは、思わずリリスに囁いた。


「あら、殿下も気づいたの?あれは、マナの結晶化よ」


 リリスは、どこか楽しげに答えた。


「マナの結晶化だと?」


 アルクは驚いた。魔族にとって、マナは体内に取り込むことで生命力や魔力に変換されるエネルギーだ。それを結晶化して貯蔵するなど、魔界の技術でも聞いたことがない。


「ええ。彼女は、周囲に漂うマナを、自身の特殊な術式で高密度に凝縮させ、小さな塊にしているの。それを持ち運び蓄積しておけば、いざという時に、瞬時にマナを補充できる。非常に効率的だわ。私たちの好戦派の魔術師たちも、感情のマナを凝縮しようとはするけれど、ここまで純粋な形で貯蔵することはできないわね」


 リリスの説明に、アルクたちは驚きを隠せない。彼らは、人間がマナを無意識に利用し、さらには魔族すら持ち得ない技術でそれを操っていることに気づいたのだ。


「彼らは、マナの根源的な性質を、無意識のうちに理解している……。まるで、呼吸するように、自然にマナを扱っている」


 ガロンが、珍しく口を開いた。彼の視線は、コヨミの動きを注意深く追っていた。


東雲しののめ』の面々は、自分たちが特殊な技術を使っているという自覚がないようだった。彼らにとっては、それが当たり前の「術」であり、「鍛錬」の結果なのだろう。

「我らの故郷では、力の奔流を「気」と認識し、目に見えぬ力だが鍛錬を積んで操る様になる。ジパングでは大自然の力という言い方もする。修行の際には大自然の原生林の中で大地からの気を感じて研鑽しております」


 アルクの興味本位の質問にハヤトは真面目に答えてくれた。

「そういう、アルク殿ご一行は気の流れを自在に操っているように見えまする。正直申して敵同士に分かれて戦うことを想像したくないでござるな」

 なかなか鋭いところを突かれて、返答に窮したが東洋の国のそうした思想は我らも研究中ですと誤魔化した。



 遺跡の深部へと進むにつれて、魔物の数は増え、その力も強くなっていった。


しかし、『東雲しののめ』の面々は、その高度な連携と、無意識にマナを操る能力で、次々と障害を突破していく。アルクたちは、彼らの技術と、人間が持つ「マナの可能性」に、驚きと同時に、新たな発見があったことに興奮を覚えた。


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