第18話:聖女の再起、魔族の師
ガロンによる奇跡的な治癒で、ルミネッタの命の危機は去った。
病床に伏せていた彼女の顔色には生気が戻り、その小さな体は安らかな寝息を立てるまでになった。しかし、すぐに元通りというわけにはいかなかった。
聖女としての奇跡という名の長年の消耗と、自身の力の源を理解しないままマナを使い続けてきた影響は深く、結果ばかりを求めるケアの無い酷使の結果ルミネッタはマナのコントロールが全くできない状態だったのだ。
「ルミネのマナは、まるで荒れ狂う奔流のようです。放出するばかりで、どうやって取り込むのか、どうやって制御するのか、まるで分かっていない。このままでは再び同じような状況になってしまいます」
そもそもマナの奔流を認識できない人間にそのコントロールの仕方を教えると言ってもそこに難しさを感じながらアルクは説明する。
セレスは、回復した妹の、しかし不安定な状態を見て、改めてその危険性を認識した。幼き頃から「奇跡の聖女」ともてはやされ、周囲の大人たちからはただ力の消費を強要されるばかりで、マナに関する満足な教育を受ける機会など一度もなかったのだ。
その時、ガロンが静かに進み出た。
「……私が、教えます」
無口なヒーラーの言葉に、セレスは驚いた。
「ガロンが……?」
アルクもまた、ガロンの意外な申し出に目を見張った。彼はこれまで、効率を重んじるあまり、人間との関わりを最小限に抑えていたはずだ。
「……マナの扱いを……教える。ルミネの体は、マナの器としては……優れている。ただ……使い方が、下手すぎる」
ガロンは、いつもの感情の読めない表情でそう言った。彼の視線は、病床で目覚めたばかりのルミネッタに注がれている。
彼にとって、ルミネッタの現状は、単なる「効率の悪いマナの使い方」として映っているのかもしれない。しかし、その言葉の裏には、聖女の才能を無駄に消耗させられてきたことへの、かすかな憤りのようなものも感じられた。
こうして、ガロンがルミネッタのマナに関する教育と、それに伴うリハビリを行うことになった。侯爵家の一室が、ルミネッタ専用の訓練室として与えられ、ガロンは毎日そこに足を運んだ。
最初は、ルミネッタも警戒していた。無口で表情の乏しいガロンに、どう接していいか分からなかったのだろう。しかし、ガロンは根気強く、そして極めて論理的に、マナの基礎から教え始めた。
「マナは……呼吸と、同じ。吸い込み……吐き出す」
「自然から……取り込む。体内に……巡らせる」
彼の教えは、決して感情的ではなく、常に理にかなっていた。ただ、人間は魔族と違い、マナ=生命力を大地や大気から吸収する回路は開かれておらず、基本的には食物という形で摂取していく生き物なので、簡単な訳ではなかった。
それでもルミネッタは、幼い頃から誰も教えてくれなかったマナの真髄に触れ、その知的な好奇心を刺激された。ガロンの指示に従い、瞑想し、意識を集中することで、彼女は徐々に、外界から直接自身の体内にマナを取り込み、制御する方法を学び始めた。
ガロンは、ルミネッタの僅かな進歩にも、決して言葉にはしないが、満足げな視線を送った。ルミネッタもまた、ガロンが自分に真剣に向き合ってくれていることを感じ取り、次第に彼に懐いていった。
「ガロン先生!今の、どうでしたか!?」
「ガロン様、これはどうすれば……」
訓練中は真剣な表情だったルミネッタが、休憩時間になると、まるで兄に甘える妹のように、ガロンに笑顔で話しかけるようになった。
ガロンは、相変わらず多くを語らないが、ルミネッタの問いかけには、必ず短いながらも的確な返答をする。時には、彼女がマナの制御に成功すると、ガロンの口元が微かに緩むのを、セレスは目撃することもあった。
順調に回復し、マナを学び、新たな力を身につけていくルミネ。そして、彼女に懐くガロンの姿は、ある意味で微笑ましかった。セレスは、妹の回復と、魔族との間に芽生えた絆に、温かいものを感じていた。
しかし、同時にセレスは、ある懸念も抱いていた。
(ルミネが力を取り戻せば、王家は再び彼女を利用しようとするでしょう。ガロン殿が授けているのは、単なるマナの制御ではない。魔族の、根源的な力の扱い方……。もし、王家がそれを知れば……)
セレスは、妹の安全と、魔族との関係の間に横たわる、新たな問題の予兆を感じ取っていた。しかし、ルミネの回復と、彼女がマナを学ぶことの重要性は、何よりも優先されるべきだった。この小さな光が、人間と魔族の共存という、大きな希望へと繋がることを、セレスは心の中で強く願っていた。
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