第16話:王都に震動、悪役令嬢の断罪

 アルクは、隠し通路の奥に踏み込んだ。

 そこには、公爵の書斎とは別に、密かに設けられた隠し部屋があった。


 部屋の中には、幼い子供から若者まで、多くの人々が監禁されていた。

 彼らの目は、希望を失い、深い絶望に沈んでいた。


 そして、その部屋には、人身売買の契約書、取引記録、そして、関係する他の高位貴族からの書簡が山と積まれていた。その中には、セレスが以前から目を付けていた貴族の名前もあった。


「やはり、繋がりがあったか……」


 アルクは、証拠となる文書を素早く回収していった。

 彼は、全ての関連資料を手早くまとめ、人身売買の被害者たちを解放する。


 その時、地下からの騒ぎに気づいた公爵家の衛兵たちが駆けつけてきた。しかし、ヴォルフガングとガロンの圧倒的な力、そしてリリスの幻惑によって、彼らは次々と制圧されていく。


 上階では、地下からの異音に、パーティの雰囲気がざわつき始めていた。

 貴族たちが不安げな視線を交わす中、セレスは、この瞬間を待っていたかのように、会場の中央へと進み出た。


「皆様、ご機嫌いかがかしら?」


 セレスの静かな声が、会場に響き渡る。


「本日は、エルメス公爵主催の慈善パーティ。貧しい孤児たちを救うための、崇高な催しとうかがっております」


 彼女の言葉に、貴族たちは困惑する。その時、公爵邸の地下から、人々の悲鳴と、開放された人々が地上へと向かう足音が、明確に聞こえ始めた。そして、地下からの冷たい空気が、会場へと流れ込んできた。


 その混乱の中、アルクたちが、解放された人身売買の被害者たちを連れて、地下から姿を現した。彼らの背後には、意識を失ったエルメス公爵の護衛兵たちが転がっている。


 アルクの手に握られていたのは、エルメス公爵の不正を証明する、大量の証拠書類だった。


「エルメス公爵閣下」


 セレスは、顔色を変えて立ち尽くすエルメス公爵に、冷たい視線を向けた。


「貴方が救済すると称していた孤児たちは、実際には貴方によって囚われ、この地下で売買されていたのですね。この証拠が、全てを物語っていますわ」


 セレスの声が、会場に響き渡る。貴族たちは、目の前の光景とセレスの言葉に、騒然となった。エルメス公爵の顔は、血の気を失い、恐怖に歪んでいた。


「わ、わたくしは……これは……」


 公爵は、しどろもどろになる。しかし、セレスは彼に反論の機会を与えなかった。


「貴方の慈善活動は、偽善で塗り固められたものだった。そして、この会場に集まっている貴族の中にも、貴方と共謀していた者がいることも、この証拠は示しています」


 セレスは、アルクから受け取った書類を掲げた。その書類には、複数の高位貴族の名前が記されていた。会場の空気は一変し、驚きと混乱、そして恐怖が入り混じったざわめきが巻き起こった。


 アルクは、セレスの隣で静かに立っていた。彼の目に映るのは、人間の「悪」を白日の下に晒し、断罪する「悪役令嬢」の姿だった。そして、その背後で、王都の闇が大きく揺らぎ始めたのを、アルクは確かに感じ取っていた。


―――


 エルメス公爵邸での華やかなパーティは、瞬く間に、高位貴族たちの暗部が暴かれる修羅場へと変貌した。


 エルメス公爵邸での慈善パーティは、一瞬にして地獄絵図へと変貌した。セレスティーヌ・ド・モンテクリストの冷徹な声が会場に響き渡り、地下から現れたアルクたちと、彼らに連れられた憔悴しきった人々が、貴族たちの目の前に突きつけられたのだ。


「馬鹿な……!これは罠だ!この女が仕組んだのだ!」


 エルメス公爵は、顔を真っ赤にして叫んだ。しかし、彼の慌てふためく様子と、アルクの手にある証拠書類が、その言葉の信憑性を完全に打ち消していた。


「罠、ですって?慈善をうたい、弱者を食い物にする貴方の悪行こそ、この国の毒。そして、この証拠が、貴方の口から出たどの言葉よりも雄弁に物語っていますわ」


 セレスは、アルクから受け取った証拠書類を、あえて人々の目に触れるように掲げた。それは、精巧な偽装が施された契約書、秘密裏に行われた取引の帳簿、そして、共謀者たちの名が記された書簡だった。


 会場に集まっていた貴族たちは、騒然とした。これまで「清廉潔白な慈善家」として名を馳せていたエルメス公爵の裏の顔が、白日の下に晒されたのだ。中には、書類に記された自分の名を見つけ、顔色を失ってその場を立ち去ろうとする者もいた。


「逃がしませんわ」


 セレスの鋭い声が、会場に響き渡った。


「ここにいる全ての者は、この国の未来を左右する重大な不正行為の目撃者。そして、書類に名のある貴方方は、共犯者。」


セレスは一際大きく美しい声で招集する「王都の衛士たち!」


 セレスが呼びかけると、公務の王都の衛士たちが、慌てて会場の入り口を固めた。彼らはギルドからの依頼でアルクたち一行と行動を共にしていたゼファルが、パーティ会場の衛士たちを巧妙に誘導し、セレスの指示通りに動くよう手配していたのだ。


 セレスは、一歩も引くことなく、集まった貴族たちを見据えた。


「この件は、国王陛下に直接報告いたします。王家の名の下に、全ての不正を徹底的に洗い出し、関与した全ての者を断罪することを、このセレスティーヌ・ド・モンテクリストが誓います」


 彼女の言葉は、まるで氷の刃のように、貴族たちの心に突き刺さった。それは、単なる告発ではない。王族の求婚を拒絶し、クーデターを未然に防いだ「悪役令嬢」の、王国の腐敗を正すという、揺るぎない決意表明だった。


 エルメス公爵は、その場で泡を吹いて倒れ込んだ。解放された人々は、衛士たちによって保護され、セレスの指示でモンテクリスト侯爵邸へと運ばれていった。


――


 この夜の出来事は、瞬く間に王都を駆け巡った。翌日には、エルメス公爵の逮捕が発表され、彼の屋敷からはさらなる証拠が発見された。セレスは、連日、王宮に詰めては国王陛下に謁見し、この事件の徹底的な調査と、関係者の厳正な処罰を求めた。


 最初は、王家も貴族社会も、セレスの行動を「王家の面子を潰した報復」と捉え、軽視しようとした。しかし、セレスが提出した証拠はあまりにも完璧で、関与する貴族の数が予想以上に多かった。


「殿下、エルメス公爵の一件で、関係する貴族は実に二十家以上に及びます。その中には、王家の遠縁の者も含まれており、王宮内も混乱を極めております」


 数日後、セレスからの連絡を受けたゼファルが、アルクに報告した。影蜘蛛団ブラック・スパイダーズの諜報網も、この騒動によってさらに強化され、王都の裏の顔が次々と明るみに出ていた。


「セレスティーヌ嬢の動きは、好戦派の魔族から見れば、負の感情のマナを大量に生み出す『悪』に映るだろう。だが、人間にとって、これは『正義』だ」


 アルクは、自身の使命と、セレスの行動の間に横たわる、複雑な価値観の差異を感じていた。しかし、彼の胸には、人身売買という同族を陥れて自身の私腹を肥やすという卑劣な人間を暴いたセレスへの、深い敬意が生まれていた。


 セレスの活躍は、王都に激震をもたらした。これまで巧妙に隠蔽されてきた貴族たちの腐敗と、貧しい人々を食い物にする卑劣な奴隷制度の存在が、白日の下に晒されたのだ。民衆の間では、モンテクリスト公爵令嬢への評価が、劇的に変化し始めていた。彼女はもはや「悪役令嬢」ではなく、「王国を救う令嬢セイヴァー・メイデン」として、密かに称えられ始めた。


 しかし、この騒動は、新たな問題も生み出した。失脚した貴族たちの怨嗟えんさ、そして、自分たちの悪事が暴かれることを恐れる者たちの暗躍。王都の闇は、セレスの行動によって、さらに深く、そして複雑になっていくのだった。


 セレスは、アルクが提供した情報と、彼の仲間たちの陰での活躍、そして自身の知恵と勇気をもって、自ら守るべきものの為に王都の腐敗と対峙し続けていた。

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