第15話:偽善者の仮面、深淵の貪欲
アルクの言葉通り、数日後、冒険者ギルドにエルメス公爵邸からの依頼が舞い込んだ。「屋敷の地下に出現した害獣の駆除」という、いかにももっともらしい依頼だった。要は、屋敷で行われるパーティが無事に終わるまで冒険者が地下で面倒をすべて封じろという内容になる。
「お前たち、『アルクヴィス』。この依頼、報酬は破格だ。だが、相手は公爵家。くれぐれも粗相のないようにな」
マックスが、念を押すように言った。
「承知いたしました、マックス殿」
アルクたちは、依頼を受諾した。この日、エルメス公爵邸では、華やかな慈善パーティが開催される。セレスにも招待状は来ていたが、これまで参加を見送っていた。しかし、アルクとの共謀計画のため、この日はパーティに参加することになっていた。
――
エルメス公爵、本名エドモンド・ド・エルメスは、ユグドラル王国の貴族社会において、まごうことなき「聖人君主」として知られていた。
彼の名は、王都の貧困地区に設立された孤児院や無料診療所、そして定期的に開催される華やかな慈善パーティと共に語られ、民衆からは「
その朗らかな笑顔、常に弱者を気遣う言葉、そして惜しみなく差し出される多額の寄付金は、彼がどれほど民衆の幸福を願っているかの証だと誰もが信じて疑わなかった。
だが、その崇高な仮面の下には、深淵のごとき貪欲と、醜悪な欲望が蠢いていた。エルメス公爵にとって、慈善事業とは、自身の私腹を肥やすための、最も効率的で、最も安全な「事業形態」に過ぎなかったのだ。
彼の慈善活動の仕組みは巧妙だった。
まず、慈善パーティで集められる多額の寄付金は、そのほとんどが彼の懐に入った。孤児院や診療所は、確かに存在した。
だが、それらは慈善の名の下に、貧しい子供たちや病人を集めるための「餌」だった。
「ああ、可哀想な子供たちよ。このエルメスが、必ずや君たちを救い出そう」
公爵は、飢えと病に苦しむ子供たちを前に、殊勝な顔でそう語った。
彼らの親が、公爵の私兵によって不当に土地を追われた者たちだとは、もちろん口にしない。
孤児院に入れた子供たちは、しばらくの間は手厚く保護される。しかし、ある程度の年齢に達し、身体が丈夫になると、彼らの「価値」は大きく変わった。
「よし、この子たちは使い物になる。次の船に乗せろ」
地下の隠し部屋で、公爵は冷徹な目で子供たちを品定めする。
彼らは、貴族間の秘密裏な取引で、あるいは国外の富裕な商人たちに、高値で「労働力」や「慰み者」として売買された。
病で衰弱した者は、人知れず処分された。公爵の屋敷の地下は、その悪行を隠蔽するための完璧な施設だった。
複雑な通路、防音加工された壁、そして外部からは決して見つからない秘密の出入り口。全ては、彼の完璧な計画のために作られていた。
慈善パーティは、その隠蔽工作をさらに強化する役割も果たした。
大物ゲストが多数招かれ、華やかな喧騒が公爵邸を包み込む間、地下ではひっそりと「商品」が搬入され、取引が行われていたのだ。
ゲスト…含めて、特別な招待を受けた客には、特別な部屋に通されてその売買に参加することが許された。
誰が、この聖なる慈善の宴の裏で、このような卑劣な人身売買が行われていると想像できただろうか。公爵は、パーティの喧騒を最大限に利用し、自らの悪行を隠蔽してきた。
そして、モンテクリスト侯爵令嬢、セレスティーヌ。
「ほう、あの悪役令嬢が、この慈善パーティに顔を出すとはな」
エルメス公爵は、セレスの姿を見るなり、薄ら笑いを浮かべた。彼女の美貌は、確かに目を引くものがあった。煌めく金髪に、澄み切った碧い瞳。
(しかし、所詮は若く、経験の浅い小娘。王都でのクーデター阻止など、愚かな末端王族がその美貌にほだされてしくじっただけのただの偶然に過ぎん。所詮は若い娘が、少しばかり出しゃばっただけにすぎない。社交界から孤立し、ようやく私のような『聖人君主』の顔色を伺いに来たか。面白い)
公爵は、セレスの美貌を邪な目で値踏みしながら、心の中で傲慢に嘲笑した。王都でのルキウス殿下の一件など、取るに足らない小競り合いに過ぎないと、彼は慢心していた。自分の強固な地盤と、巧妙な悪事の隠蔽工作に、絶対の自信を持っていたのだ。
エルメス公爵邸は、煌びやかな光に包まれていた。貴族たちが豪華な衣装を身につけ、グラスを片手に優雅な談笑を交わしている。その中に、セレスティーヌ・ド・モンテクリストの姿もあった。彼女は、王宮での件以来、社交界で孤立していたはずだが、その堂々たる佇まいは、むしろ周囲の好奇の目を引きつけていた。
――
その頃、地下室では、アルクたちが「害獣駆除」の名目で潜入していた。薄暗い通路を通り、
「ゼファル、計画通りに進める」
アルクの指示に、ゼファルは頷いた。彼らは、ここで敢えて「騒動」を起こす。地下で火花を散らすヴォルフガングとガロンの戦闘音、リリスが放つ幻惑による混乱、そしてガロンが壁を破壊する音。それは、上階でパーティを楽しむ貴族たちにも、微かに届くはずだった。
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