第14話:蠢く闇、人身売買の罠

 辺境の村での疫病解決の報は、王都のギルドに確かに届いていた。


 ガロンの奇跡的な治癒と、アルク一行による秩序維持の功績は、彼らの冒険者としての評価をさらに高めた。


 マックスは満足げに頷き、彼らに新たな依頼を斡旋するようになった。


 しかし、アルクたちの心には、辺境の村で見た人間の苦しみと、マナの枯渇という深刻な問題が深く刻まれていた。


 アルクは、マナの様に根源的に生命の源を平等に享受出来る魔族と違い、人間は大地の恵みを直接摂取するだけではその生命の維持を叶わぬほど非効率的に消費が必要であることに驚いた。

 そして、そのために田畑を耕し、家畜を管理し大量に生産することでその飢えを凌ぐが、それを効率的に管理するために集団としての生活があり、その管理監督を領主、貴族が行う。

 しかし、結果的に支配構造が搾取する側とされる側に分かれてしまっている。それが長年続き、規模が拡大すると格差が生じ、現段階で腐敗と癒着で国は破綻しかけている現実を見た。


 ゼファルは元々好戦派の息がかかっている立場でアルクの監視としての立場ではあったが、人間族は無駄に勢力を伸ばし魔界に進行を企む蛮族だと聞いて育ってきていたのを現実を見ることで、世の中が単純な構造だけで回っているわけではないことを学んでいた。


 ヴォルフガングは武術に生涯をささげてきた出自もあり、政治や世界の仕組みなどどうでもよいと思っていたが、魔族なりの矜持きょうじの中で搾取や不平等に思うところはある。


 リリスは知的好奇心が根幹にある。彼女の関心は人間の心の移ろいゆくさまの観察がその探求心の核心としてこれまで関わってきているが、絶望と無気力の醸し出すマナの腐臭には辟易へきえきしていた。


 ガロンは魔界でほぼ役に立っていなかった治癒魔法が、異種族ではあるものの人間の役に立てることにほのかな喜びを得ていた。彼は純粋であった。


 ――


「木漏れ日酒場」の一室で、アルクはセレスからの連絡を待っていた。


 数日後、ヴォルフガングが密かにモンテクリスト侯爵邸から戻り、セレスからの新たな情報をもたらした。


「セレスティーヌ嬢からの情報だ。王都で、継続して孤児や貧しい若年層の失踪事件が多発しているという…表向きは行方不明として処理されているが、その裏に、高位貴族による人身売買の影がある…と」


 ヴォルフガングの報告に、アルクの顔に深い憂いが浮かんだ。


「人身売買……人間の尊厳を食い物にする、最も卑劣な悪だな」


 アルクは、その言葉に深い憤りを感じた。魔族の「悪」とは異なる、人間が生み出す純粋な「悪意」の形だった。


「セレスティーヌ嬢は、この件に深く関与していると見られる貴族がいる、と踏んでいる。表向きは慈善事業に熱心な、エルメス公爵。しかし裏では、私腹を肥やすために、貧しい者たちを奴隷として売買しているという」


 ゼファルがヴォルフガングからの情報を整理し、補足した。エルメス公爵は、王家にも近い高位貴族で、その慈善活動は王都でも有名だった。その裏で、そのような悪行を行っているとは、まさに人間社会の腐敗の象徴と言えるだろう。

 こうした貴族社会の汚職や癒着と腐敗のネタは、庶民の間でも噂としてタブロイド的に出回るのは常であるようだが、根拠のない噂や都市伝説レベルのモノも多く、信用度含めた情報はやはりセレス嬢によってもたらされることが常である。


「この件は、影蜘蛛ダーク・スパイダーの諜報能力を最大限に活用すべき案件です、殿下」


 ゼファルは、冷静に提案した。根拠がしっかりした情報であれば、大きな組織ではまだない影蜘蛛団ダーク・スパイダーズでも集中して情報を得るために動かすことに効果がある。


 アルクは頷く。


「分かっている。ゼファル、影蜘蛛団ダーク・スパイダーズに指示を出せ。エルメス公爵の屋敷、そして関連する裏社会のルートを徹底的に探らせる。特に、証拠となる文書や、隠し場所の情報を優先的に入手させるのだ」


「木漏れ日酒場」を拠点に、アルクたちは表と裏、二つの顔で動き出した。ギルドからの依頼をこなし、冒険者としての地位を固める一方で、ゼファルが率いる影蜘蛛団は、エルメス公爵の暗部を徹底的に探っていた。


 数週間後、影蜘蛛団ダーク・スパイダーズから重要な情報がもたらされた。


 エルメス公爵の屋敷の地下に、隠された施設が存在すること。

 そして、定期的に特定の商人が公爵邸に出入りし、何らかの取引が行われていること。

 さらに、公爵が複数の貴族と、秘密裏に書簡を交わしていることも判明した。


「殿下、エルメス公爵の屋敷の地下には、おそらく誘拐された者たちが監禁されていると思われます。そして、その先の港から、密かに国外へ運び出されている可能性が高い」


 ゼファルの報告に、アルクの表情は硬くなった。


「よし。ギルドに依頼があるはずだ。エルメス公爵邸の『害獣駆除』か、あるいは『地下室の調査』といった名目でな」


 アルクの言葉通り、数日後、冒険者ギルドにエルメス公爵邸からの依頼が舞い込んだ。「屋敷の地下に出現した害獣の駆除」という、いかにももっともらしい依頼だった。


 この依頼は、セレスとアルクの周到な根回しによるものだった。


 王宮で得た情報と、影蜘蛛団が掴んだエルメス公爵の不正の断片的な証拠を基に、セレスは周到な計画を立てた。

 エルメス公爵邸の地下に「害獣」が出没しているという噂を、信頼できる王宮の役人や、ギルドの裏情報に通じた人間にそれとなく流したのだ。

 同時に、公爵邸の使用人の中に、影蜘蛛団の協力者を潜り込ませ、地下室での「不審な活動」を報告させた。


 表向きは「害獣駆除」という穏当な依頼だが、実際にはその依頼の裏には、セレスとアルクの思惑が巧妙に隠されていた。貴族の屋敷の地下に冒険者が踏み込むためには、公的な依頼が必要不可欠であり、ギルドを通すことで、いざという時の貴族からの反発をかわす盾にもなる。


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