第10話:悪役令嬢の慧眼、魔族との密約
「……あなた方は、一体何者なのですか?」
セレスの問いは、平坦ながらも芯のある声だった。その瞳は、アルクの瞳を真っ直ぐに見据えている。本能的に、アルクはそれが、彼の存在そのものの本質を問う質問であると感じた。
彼は、セレスの言葉に驚きを隠せないまま、思わずリリスの方を見た。リリスは、何事もなかったかのように微笑みを浮かべている。
彼女の幻惑の魔法は、間違いなく解かれていないはずだ。
しかし、セレスは、彼らの真の姿を――魔族としての特徴を――見えているのだ。
「貴方の宝石の様な赤い瞳、空と海の蒼さを結晶化した様な透き通る碧い髪……人ならざる美しさに輝いていますわ」
セレスは、アルクの背後に立つヴォルフガングとガロン、そしてリリスを順に見つめ、それぞれの魔族としての特徴を淀みなく口にした。
(まさか……見えているのか?!)
アルクは困惑した。リリスの幻惑は、マナが見える魔族ですら見抜くのは難しい…現に、人間界に降りてから一度たりとも見破られたことはない。
いや、正確には冒険者ギルドのマックスという男はアルクたちが只者ではないと見抜いている気配はあるが、それは日常所作での違いから推測しているに過ぎず、幻惑の魔法を看破した訳では無い。
セレスは特に不思議な感覚もなく、見たままを伝えたことで、アルクたちが激しく動揺したことで、自分の見えているモノが他の人とは違うということを理解した。
セレスは妹ルミネッタの姿がよぎった。ルミネは聖女としての天賦の才能を持つ。
彼女のその血筋ゆえに、セレスも並外れた霊的な感知能力を有し、通常では見えないものを見通すことができるのかもしれない。
あるいは、ただならぬ洞察力によるものなのか…現に彼女は貴族の腐敗構造に蔓延る権謀術数の嘘を見抜いてきた。
それは彼女自身の才と弛まぬ努力の結実であったことを実感した瞬間であった。
アルクとすればいずれにせよ、最早誤魔化しは通用しない。
アルクは覚悟を決めた。
「……貴女の言う通りだ。我々は、人間ではない。魔族だ」
アルクは、自身の素性を明かした。その言葉に、ゼファルがわずかに顔色を変える。彼は、ことと次第によっては、セレスをこの場で消す覚悟を決め、ヴォルフガングに目配せした。
ヴォルフガングは無言で頷き、臨戦態勢に入る。ガロンは表情を変えないが、その魔力を研ぎ澄ませた。
セレスは、魔族という突拍子もない告白に、わずかに動揺を見せた。
しかし、その冷静さを失うことはなかった。返答次第で、誘拐どころではない、最悪の結末が容易に想像できる状況である。
彼女は、持ち前の状況判断能力を最大限に働かせた。
(魔族……王国の文献にしか存在しないとされていた彼らが、今、目の前に。しかも、私の誘拐を阻止した?これは……)
セレスは、この予期せぬ出会いを、自分の今後を大きく変えるチャンスと捉えていた。魔族の侵攻が激化しているという噂の真偽、そして、この腐敗した王国を根底から変えるための、新たな手札となる可能性を、彼女は直感したのだ。
「……ここでこのまま立ち話をするのは、少々危険でしょう」
セレスは、表情を変えずに言った。
「もしよろしければ、わたくしの屋敷までお越しになりませんか?そこで、ゆっくりと、お話を伺いましょう。護衛の衛士たちは、あなた方が既に無力化したようですが、わたくし一人では心許ない。あなた方に、護衛と送迎をお願いできますか?」
大胆不敵な提案だった。自分を誘拐しようとした者たち(正確には誘拐を阻止した側だが、セレスにはまだ分からない)に対し、護衛を依頼するとは。
アルクは、セレスの堂々とした態度に、改めて心を奪われた。
「分かった。それがいいだろう」
アルクは即座に了承した。ゼファルは、アルクの軽率さに苦言を呈したかったが、この状況で拒否するのは得策ではないと判断し、黙って頷いた。
護衛兼送迎という、奇妙な任務を負った一行は、モンテクリスト公爵領へと続く道を馬車で進んだ。
ミュリエルは、見慣れない冒険者らしきグループが護衛を務めることに不満を漏らしたが、ヴォルフガングの彫刻のような精悍な顔立ちを目の当たりにした途端、一目惚れしたかのように態度を軟化させ、納得してしまった。
ヴォルフガングは、そんなミュリエルの視線に気づきもせず、ただ警戒するように周囲を睨み続けている。
馬車が動き出し、即座の暗殺の危険がなくなったと判断したセレスは、すぐさま魔族たちに質問を始めた。
「魔族の生態について、いくつかお伺いしてもよろしいかしら?
魔界と人間界の境界は?
魔族とは具体的にどのようなものなのか?
そして、あなた方が人間界に現れた目的は?」
その冷静で的確な質問は、アルクとゼファルを驚かせた。特にゼファルは、セレスの分析能力の高さと、状況対応力に舌を巻いていた。彼女は動揺しているどころか、この状況を最大限に利用しようとしている。
アルクは、セレスの質問に、可能な限り正直に答えた。セレスは、アルクの言葉を注意深く聞きながら、時折メモを取るように指を動かした。彼女の瞳は、まるで未知の学問を学ぶ研究者のようだった。
やがて、馬車はモンテクリスト公爵邸に到着した。広大な敷地と荘厳な屋敷を見て、アルクたちは改めてセレスの家柄の大きさを認識した。
そして、屋敷の一室で、世紀の交渉が始まった。魔族の王子と、人間の悪役令嬢。互いの思惑と、秘められた真実が交錯する、新たな展開が、今、幕を開けようとしていた。
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