第8話:裏側に蠢く悪意の走狗
屋敷の警護は特に問題なかったが、襲撃に備えるだけの受け身の依頼では終焉が見えず
ゼファル筆頭にアルクは掌握し始めたこの世界の
数日後、アルクたちは怪盗団の隠れ家に関する情報を掴み、そのアジトを発見した。王都の地下に広がる複雑な下水道網の奥深く、悪臭が漂うその場所は、まさに悪の巣窟といった様相だった。
だが、魔族である彼らには人間には見えないものが見えている。すなわちマナの流れと人間の意識の
人工物でおおわれた王都の城壁の内側の構造は、マナの吸収率を著しく損ない、加工された石畳を通してはマナの自然の流れを見ることはできない。だが逆に、人間の意識の流れはハッキリとそこに残るため、追跡や索敵は魔族である彼らにとっては造作もないことであった。
「突入するぞ。油断するな」
アルクの号令で、ヴォルフガングが先陣を切って飛び込んだ。リリスは魔法で幻惑をかけ、ガロンは冷静に背後を警戒する。ゼファルは、周囲の魔力とマナの流れを読み取り、罠がないかを確認しながら進んだ。
アジト内部は、想像以上に広く、多くの盗賊たちが潜んでいた。淡々と制圧行動が繰り広げられる中、アルクたちは奥へと進んでいく。そして、薄暗い一室で、彼らは偶然にも、盗賊たちが交わしている会話を耳にした。
「……モンテクリスト侯爵令嬢を、どうやって誘拐するんだ?」
「心配ねぇよ。王宮に召喚される隙を狙う。国王陛下への謁見を終え、屋敷に戻る途中を狙うんだ。手筈は整っている」
その言葉に、アルクの脳裏に、新聞などで得た情報に加え先日ギルドで耳にした「悪役令嬢」の噂が蘇った。
(モンテクリスト侯爵令嬢……噂のセレスティーヌ嬢のことか?)
アルクは、顔には出さなかったが、奇妙な縁を感じていた。
彼らが追っていた怪盗団が、セレスの誘拐を計画しているという形で繋がることになりそうだとは思わなかったからだ。
ゼファルがアルクの耳元に囁いた。
「殿下、好機です。この
ゼファルの言葉は、アルクの脳裏に電流のように走った。元々の依頼は警護任務であり、怪盗団を壊滅させることだった。しかし、ゼファルの提案は、さらに踏み込んだ、まさしく魔族らしい「支配」の思想だった。
「……彼らを、支配する、と?」
アルクは、一瞬ためらった。人間の組織を乗っ取るという発想は、これまでの彼にはなかったものだ。しかし、ゼファルは言葉を続けた。
「はい。彼らの
ゼファルの冷徹なアドバイスは、常に効率と結果を重視していた。
アルクは少し悩んだ。
人間を支配下に置くという行為は、自身の性善な性格とは相容れない。
だが、人間界での成果をもって魔界に報告するためにもゼファルの提案は理に適っている。しかも、なかなかチャンスがない貴族階級への
「……分かった。ゼファル、お前の言う通りにしよう」
アルクは決断した。この怪盗団を利用し、人間社会の裏側をさらに深く探る。そして、セレス誘拐という計画は上手く利用すれば、より支配階級への浸透の手立てとなるだろう。
「作戦変更だ!
アルクの号令で、一行の動きが変わった。リリスは即座に魔法を展開し、アジト内に混乱の幻惑をまき散らす。盗賊たちは互いを疑い、同士討ちを始める者まで現れた。
混乱に乗じて、アルクたちはアジトの奥へと突き進んだ。
任務失敗を取り戻そうと、怪盗団のボスである「
その男は、見た目こそ強面だが、アルクたちの敵ではなかった。魔界で鍛えられたヴォルフガングの圧倒的な身体能力、ガロンの冷静な一撃、そしてアルク自身が放つマナの奔流によって、あっという間に
「……我々がこの
アルクは、膝をついた
ゼファルが
怪盗団は、突然の圧倒的な力に屈し、アルクたちの支配下に入ることになった。
「セレスティーヌ嬢の誘拐は、別の組織が動くことが確定している、と?」
アルクは、報告を聞きながら眉をひそめた。彼の使命は「悪」を成すことだが、それは無益な混乱を引き起こすことではない。世間で騒がれている『悪役令嬢』はうまく交渉すればその立場も考えて今回のような地下社会の住人ではなく上流の強いパイプになる可能性は無視できないと考え、協力を申し入れるためにも恩を売るべきだろうと考えた…何より大勢に対して孤軍奮闘する女傑の活躍はアルクの自身の今の心情に共感するものがあった。
「はい、殿下。計画の実行日は間もなくです。このままでは、彼女は誘拐されるでしょう…どうやら、この国の中枢に関わる血族の反感を買うようなことをしたようで、やや乱暴でも実力による排除を考える輩がいるようです」
ゼファルの報告に、アルクの顔に決意の色が浮かんだ。
「……セレスティーヌ嬢を助ける。このまま見過ごすわけにはいかない」
ヴォルフガングは不満げな顔を、リリスは面白がり、ガロンは眉をひそめた。しかし、アルクはこのチャンスをものにしたいと考えていた。ゼファルは元々武闘派ではあるものの、戦果ではなく成果で人間界を今回の盗賊団の様に支配して行けるなら良しと考えて同意する。
実際には誰一人同じ方向を見ていないのだが、アルクはこの先のことを見据えた決断をしていた。
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