第7話:王宮の召喚、怪盗と謀略の影
ルキウス・ド・ユグドラル殿下からの求愛を拒絶したことは、セレスティーヌ・ド・モンテクリストにとって、いよいよ孤立を深める契機となった。
末端とは言え王家に連なる血筋の求婚を拒否し、あまつさえそのクーデターの発生を未然に防いだことは、王宮内で内密に処理され、民衆にまでは正確な情報は届かなかったものの、その情報の伝播を完全に止めることはできなかった。
「モンテクリスト侯爵令嬢が、ルキウス殿下を袖にしたらしいぞ」
「しかも、殿下の謀反の企みを嗅ぎつけ、それを潰したとか……とんでもない女だ」
「悪役令嬢とは聞いていたが、まさか王家にも牙を剥くとは」
貴族たちの間で囁かれる噂は、尾ひれがついて広がり、セレスの「悪役令嬢」としての悪評に拍車をかけた。彼女の行動は、貴族社会に大きな衝撃をもって迎えられた。誰もが彼女の存在を恐れ、敬遠するようになった。
当の本人はどこ吹く風とばかりに、日課である書物の読書や、領地の視察を続けていた。彼女にとって、自身の評価など些末な問題でしかなかった。
だが、流石の王家も、王族の求婚を拒絶し、さらにその陰謀を暴いたセレスの行動を座視することはできなかった。
――
ある日、モンテクリスト侯爵邸に、王宮からの召喚状が届いた。それは、国王陛下からの直々の呼び出しだった。
「お嬢様、やはりこうなりましたか……」
ミュリエルが心配そうに呟く。セレスは、涼しい顔で召喚状を受け取った。
「当然でしょう。王族の体面を傷つけたのだから、王家が黙っているはずがないわ。ようやく、正面から王家の腐敗と向き合う機会ができたとでも考えましょうか」
セレスの瞳には、一切の臆病さもなく、むしろ好機を見出したかのような光が宿っていた。
――
一方、アルク一行は、冒険者ギルドでの活動を通じて、着実にその存在感を高めていた。最初は簡単なクエストから始めた彼らだが、その確かな実力と、魔族ならではの身体能力や魔力は、依頼された任務を完璧にこなす上で圧倒的なアドバンテージとなった。
冷静に考えれば、人間界を滅ぼす算段を立てるための潜入工作…という行動のはずが寧ろ多大なる貢献をしていることになっていることを、アルクは気にせず、ゼファルは任務遂行のためと目を瞑り、ヴォルフガングは剣の修行と割り切り、リリスは時折自分の肢体に寄せられる邪な視線と共に楽しみ、ガロンは己がマナを高める修行に集中することで、有体に言えば…目的のための手段として誤魔化していた。
彼らは少しずつ手柄を立ててランクを上げ、最近は対人の商隊、要人護衛任務などもこなし、着実に信用を積み重ねていた。そのおかげで、上流階級の人間に接触する機会も増えてきていた。
冒険者ギルドのマスター、マックスは、少し変わったアルクたちパーティに目を掛けていた。正確には、彼らの圧倒的な強さと、そのどこか掴みどころのない言動に、警戒心を抱いていたのだが。
「お前たち、『アルクヴィス』だったか。腕は確かだな。だが、お前たちからは、どうも人間離れした只ならぬ気配を感じる。素性を洗い出そうとはしないが、忠告しておく。この街は、見た目以上に複雑で、闇も深い」
マックスは、腕組みをしてアルクたちを見つめる。彼らの正体が魔族だとは露ほども思っていないが、常人ではないことは察していた。
「ご忠告痛み入ります、マックス殿。我々も、この王都の奥深さを、日々の任務の中で実感しております」
アルクは、にこやかに答えた。彼の心の中には、マックスの言葉が響いていた。この社会の複雑さ、そしてその裏に潜む闇――それこそが、彼が知るべき「人間の悪」の真髄なのかもしれない。
そんな中、ギルドに新たな依頼が舞い込んできた。最近活動が活発化している「
「この怪盗団は、貴族の屋敷から美術品や宝石を盗み出すだけでなく、時に要人誘拐まで行う凶悪な連中だ。腕の立つ冒険者が必要で、この任務、お前たちにしか任せられないと判断した」
マックスは、真剣な顔でアルクたちに依頼内容を説明した。
「怪盗……悪行を為す者、ですか」
アルクは、その言葉に興味を引かれた。魔界の価値観における「悪」とは異なる、人間社会の「闇」に触れる機会だと感じたのだ。
「引き受けましょう、マックス殿」
アルクは即座に返答した。ヴォルフガングは鼻を鳴らし、リリスは面白そうに目を細め、ガロンは相変わらず無表情だったが、ゼファルだけは、静かにアルクの顔を窺っていた。
「殿下、怪盗団という名の裏には、特定の勢力の思惑が隠されている可能性もございます。慎重に事を運ぶべきかと」
ゼファルが、いつものように冷静な忠告を与えた。
「分かっている。だが、これもまた、人間社会の闇を知るための、貴重な機会となるだろう」
アルクは、ゼファルの助言を受け入れつつも、この依頼に乗り出すことを決めた。
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