第8話
「入るぞ?」
秦が部屋を出て行ってからどれくらい経っただろうか。
「はい!」
緊張して声がうわずった。
帰って来た閻魔大王は私の目を見てから扉を閉めた。
ゆっくりと私の前に座る閻魔大王は静かに私の顔を見つめた。
「あ、あの!」
言葉に詰まる私を優しい顔で見つめる。
あぁ、私はきっとここに来て閻魔大王と仲良くなり、好きになってしまったんだ。
そう実感するのには遅すぎたくらいだ。
「私、閻魔大王と一緒に生きていきたいの」
私は大きく息を吸って、吐いた。
「けど罪を犯した。だから…待っててくれますか?」
たったこれだけの言葉を言うのに時間がかかってしまった。
「お前がそうしたいのなら俺が罪を裁こう」
低く、少し威圧感のあるこの声は地獄の番人としての閻魔大王。
「ずっと待っている」
優しく、私を包み込んでくれるのは好きな人を前にした、ただの閻魔大王。
「うん。ありがとう」
そのあと、私達は将来について語り合った。
「閻魔大王が人間になったら見つけられるかな」
人間として生きる閻魔大王を勝手に想像していたがつい、笑ってしまった。
「俺が先に見つける」
ゆっくりと私の頭を撫でてくれる閻魔大王とこの先も一緒に生きてみたい。
「制服姿の閻魔大王、想像したら面白い」
「同じ学校で学べるといいな」
死んだ私が言うのも何だが、この先の未来が明るい。
いつ出会えるか分からないが、いつか絶対に出会う私達。
「浮気はダメよ」
「地獄に落ちるようなことはしない」
「友達も作ってね」
「…善処する」
こんな時間がずっと続いてほしい。
辛く、苦しい地獄に行かずに幸せになってしまいたい。
そんな風に思ってしまう私はろくでなしだ。
けどまた閻魔大王に会えるなら、その時は綺麗な私でいたい。
「愛している」
怖い見た目の閻魔大王が告白をしているのが面白い光景だった。
大きな体だが誰よりも丁寧に扱ってくれた閻魔大王。
その瞳はとても優しかった。
「私も…愛してる」
幸せな時間を終えた私達は、ここでの生活に終止符を打つことを決めた。
「健気な人間、ちゃんと覚えておくよ」
お見送りに来てくれた秦は軽く手を振ってくれた。
「お世話になりました。ありがとう、秦」
「良いって事よ」
前にそびえたつ大きな門に萎縮しているのが分かる。
この先に足を踏み入れれば、苦しみが待っている。
それでもその先に閻魔大王が待っている。
「じゃあなー…いや、いってらっしゃい、かな」
そう言って秦は私の前から姿を消した。
「閻魔大王」
横に立っているだけの閻魔大王に声をかけた。
遠くにある顔がゆっくりと私の顔の高さまで近づいてきた。
「あのね、初めてここに来た日、私少し怖かったの」
自分は何者なのか分からないまま、ただ立っている私が怖かった。
何者なのか分からないのに、罪を犯したことだけは分かっているという状況に頭は混乱していた。
それでも閻魔大王が優しかったから、少しだけ安心した。
「ありがとう」
閻魔大王がいなかったら私の精神はどうなっていたのだろう。
壊れていた?それとも腐っていた?
想像するだけで恐ろしいと思った。
「礼をするのはこちらだ。ありがとう」
大きな巨体で頭を下げる姿は何とも言えない様子だった。
「ありきたりな出会いだったとしてもいい。絶対に閻魔大王の元に行くね」
そのためだったらどんな苦しい地獄だって耐えようと思える。
「…本当にいいんだな?」
首を縦に振れば私の覚悟を汲み取った閻魔大王が門を開けた。
「待っているからな」
抱きしめられた体が熱くて、涙が流れた。
「泣きたくなかったのにー」
勝手に出る涙を優しく大きな手で拭ってくれた。
「また会おう」
後ろから聞こえる閻魔大王の声に振り向かなかった。
もしここで振り向いたら、紐が緩んでいく。
門が閉まる音が聞こえた。
真っ暗闇を私は一人で歩いた。
ずっとずっと、ただひたすらに歩いた。
疲労も空腹も感じない。
そんな空間を、私は独り歩き続けた。
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