第7話

「あなたにこれ以上罪を背負って欲しくない」

相馬の目を真っすぐ見つめた。

すると閻魔大王は私をひょいっと持ち上げて歩き始めた。

「秦。あとは好きにしろ」

面倒だと思いながらも体は仕事をしているようで秦は相馬を連れて行った。

「どんな地獄なの?最下層ってとこ?」

私を抱っこしながら歩く閻魔大王は無言だった。

「聞いてる?」

どんなに声をかけても返事が返ってくることは無かった。

背中を軽く叩いてみても無駄のようで私を空気扱いする閻魔大王。

部屋について私と向かい合う形で座る閻魔大王は何かに怒っているようだった。

地獄の閻魔大王を怒らせた私はどんな罪に問われるのだろうと肝を冷やしていると予想外の行動に間抜けな声が出た。

「へ?」

私の胸に自身の耳を近づけた。

「…生きているんだな」

「死んでるよ?」

私の鼓動を聞くための行為だったらしい。

「ここにいる間も心臓は動く。死んでいるが生きているんだ」

閻魔大王の言っている意味をいまいち理解できなかったが少しだけ悲しい顔をしているのは何となくわかった。

「どうしたの?」

下を向いている閻魔大王に声をかけた。

「感情など存在しないと思っていたが…知ってしまったのかもしれないな」

切なそうな表情と目が合った私の心臓は大きく跳ねた。

「人間は愚かだ。感情という大きな大きなに荷物を抱えて生きている。故に罪を犯し、ここに送られてくる」

もし感情が無ければ死んだ後に地獄に送られてくる人はいなくなるかもしれない。

「でもそれじゃつまんないよ」

生きるということは笑って、泣いて、怒って。

感情に惑わされながら日々を送っている。

「感情はない方がいい。無ければ…お前を心配する必要がなくなる」

閻魔大王が子供のように大粒の涙を流すのでぎょっとした。

「な、何かあったの?心配?何の話?」

私も混乱していて状況を上手く掴めなかった。

「初めはお前の罪を測るために置いていた。ただそれだけだったのにお前を知れば知るほど苦しめたくない気持ちが芽生えたんだ。さっきもそうだ。怪我をするのではと肝が冷えた」

地獄の番人として、私を裁く身である閻魔大王がその役目に悩んでいた。

「ここには実際優しい人間などほとんど来ない。自分のために身を守ろうとする人間ばかり見てきた。だがお前は違う。罪人であることは事実だが、誰かを想う気持ちは称賛されるべきだ」

その目は番人という役目を担っている人とは思えない程優しかった。

「裁量に感情など不必要だった。だが…お前を好きになってしまった」

まさか地獄で告白をされることになるとは思わなかった。

ここに来てから閻魔大王の優しさに何度も救われた。

それが恋人への好きと同じ感情かと聞かれると分からないがそんなことを言われたら意識してしまう。

「一生ここにいるのかと聞いたな?そして違うと説明したのを覚えているか?」

軽く頷くと話を続けた。

「感情を知ってしまうからだ。長年の時を経て感情を理解してしまい、こちらの精神が崩壊する。または裁量に偏りが出る。この役目を終えるとき、一つだけ願いを叶えてもらえるんだ」

「お願い事何にするの?」

深呼吸をして私と目を合わす閻魔大王。

「人間としてお前と一緒に生きていきたい」

予想外の願い事に硬直した私。

「人を好きになるなど想像もしなかったがな。…ダメか?」

初めてここに来た時の顔と全然違う。

とても優しくて、私を大切に扱ってくれる。

「でも…私が罪を償ってからだね」

私は罪を犯した。

妹の殺人事件を隠蔽しようとした。

「罪を償った後、一緒に生きてくれるのか?」

あまりにも眩しい顔をするので思わず顔を逸らしてしまった。

「…考えとくよ」

私がここにいる時間は残りわずかだろう。

自分の罪を知り、それを閻魔大王に裁かれる日もそう遠くないはずだ。

「あぁ。それでいい。俺もまだこの役目を果たさねばならん」

どうしてそんなに優しい顔をするの?

私は罪を犯し地獄に送られてきた人間。

醜く、汚い人間。

そんな私を閻魔大王が愛してくれているという事実に頭が付いて行かなかった。

閻魔大王が罪を裁いている間、私は部屋にいた。

「あれー何してんの?」

扉を開けたのは秦だった。

「閻魔に言われた?好きだって」

自分の体温が一気に上がったのが分かる。

言葉に詰まっていると秦は声を出して笑った。

「その状況で何を悩んでるの?一緒になればいいじゃん」

私の前に座り、見つめる目は優しかった。

「ここに来て優しくしてくれた閻魔大王が多分…多少は気になってて。けど…私は罪を犯したの。醜い人間なんだよ」

私に愛される資格はきっとない。

「人間ってのは面倒だなぁ。好きなら好きでいいじゃないか。けじめとして地獄を味わってから夢を叶えることも出来るんだ。選択肢は一つじゃない」

地獄で人間の罪を見続けてきた秦はどんな気持ちで私の背中を押してくれているのだろう。

「人間は面倒だが面白い。根っこから終わってる人間もいるけどそうじゃない人間もいる。そうだろ?」

地獄に存在する秦が神様に見えたのは一瞬の出来事だった。

覚悟を決めた私はただ、閻魔大王の帰りを待った。

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