第6話
「僕が何で地獄なのか、意味が分からないんだけど」
誰もが一度は聞いたことのある地獄というワードに私達人間は何を連想するだろう?
普通なら恐怖を抱くであろうその場所に立つ相馬は異常な程堂々としていた。
まるでここが彼の支配下にあるかのように、緊張一つしていないようだった。
「間違えってことは無いの?」
以前、極まれに天国と地獄の配属を間違えられたことがあると閻魔大王は言っていた。
「可能性としてはあるがほとんだないだろう。それにこいつの目は天国ではない」
決めつけるのは良くないと思ったが長年ここで人間を見てきた人だ。
ある程度のことは分かるのかもしれない。
「何か他に覚えていることはあるか?」
閻魔大王は自分の膝に乗っている私に目を合わせようと私の体を動かした。
「さぁ。芸能人で有名で自分とは住む世界違う人なんだろうなぁくらい」
「そうか」
そう言って私の位置を戻して、お腹に手を回した。
「私の事ぬいぐるみだと思ってる?」
首をグルんと90度回して聞いた。
「思っていないが?」
閻魔大王からしたら小さなものだから掴みやすいのかなぁと思っていると足取りの軽い秦が現れた。
「何だ」
「何だはひどくない?調べてきたんだから」
そう言って数枚の紙を閻魔大王に渡した。
「早く罪を償うべきだよ?じゃないと君、多分最下層に落ちる」
秦の言葉に少し気になったがそれよりも紙に書いてあることが気になった。
「見たいー!」
閻魔大王は私の前に紙を持ってきてくれた。
「見てるものがそれじゃなければ微笑ましい光景なんだけどなぁ」
秦は横で笑いながら私達を見ていた。
『相馬宗助、死因刺殺』
「まじか…」
紙には生きていた相馬宗助がどんな人間だったか、何をしたのかが書かれていた。
秦が私の記憶のために見せてくれた紙と同じものだった。
「罪の意識はないのか?」
閻魔大王の問いに相馬は意味が分からないとでもいいたげだった。
「いじめ、やってたんでしょ?」
都立の高校に通っていた相馬は一見普通の高校生活を送っていたようだが、いじめを行っていたらしい。
「いじめ?何か勘違いしていないか?」
相馬は一歩、また一歩と私達の方に近づいた。
「遊んでただけじゃん」
閻魔大王が相馬を地獄で確信した理由が何となく分かった気がする。
この人は罪の意識が全くと言っていいほどない。
それはきっと自分が一番上に立っているという絶対的自信から来るものではないのだろうか。
それとも本気で自分の行為を正義だと思っているのだろうか。
「教室の端で輪に入りたくても入れない。そんな子達にお笑い担当っていう大きな役割を与えただけじゃないか」
楽しそうに笑う相馬に狂っていると感じた。
「クラス全員が仲良く楽しく学校に通えるようにサポートしてあげたんだ。それをいじめと捉え、地獄に送られたとかありえないんだけど」
悪気を一切感じさせない態度に私は複雑な感情を抱いた。
「閻魔ー。こいつもうだめだ」
罪を認める気は一切ないだろう。
悪いことをした自覚がないのだから認めることは出来ない。
「可哀想」
私が漏らした一言がその場にいたみんなを驚かせた。
「何言ってんの?こいつが可哀想?」
秦は私の顔を覗き込んでそう言った。
「僕が可哀想?地獄に間違って送られたことへの言葉か?」
地雷を踏んでしまったのか怒っているのがひしひしと伝わってきた。
「罪の意識が無いのは周りが教えてあげなかったから。悪いことだって分かんなかったんじゃない?」
精神がまだまだ未熟な子供には難しい世界だったのだろう。
人との距離の縮め方や交流の仕方を正しく教えてもらえずにここまで来たのではないだろうか。
「なるほど。罪の意識には二つあると思ってる。一つは何かしらの後悔をしている場合。もう一つは何も感じない。無の状況だね。閻魔はどう思う?」
「どうも思わん。罪の意識がないやつを楽に死なせるほど甘い場所ではないことだけは確かだ」
相馬が焦っているのが分かる。
両手のこぶしが震えている。
「罪を認めて苦しめば、来世はきっと恵まれた環境の元に生まれるさ」
秦が近づき手を差し伸べた。
しかしその手は避けられた。
「僕は…すべてを持って生まれたんだ」
秦がゆっくりとこちらに歩いてくる。
「僕はただ…楽しみたかっただけで」
人が壊れていく瞬間というのは案外呆気ないものだ。
悪いものは悪いと知らされなかったこと。
悪いことをしたら謝罪をしなくてはいけないこと。
たったそれだけのことを教えてもらえなかった一人の人間が地獄に落ちた。
しかし、それでもなお罪を理解できずにいた。
「…どうにかならないの?」
閻魔大王の手に触れながらそう聞いたが返事は返ってこなかった。
秦と目が合った。
にっこり笑顔を見せる秦は一体何を思っているのだろう。
「お前らが僕を裁く?ふざけるなよ!」
そう言って右手のこぶしを秦に振り被ろうとした相馬。
私は見ていられず閻魔大王の膝から降りてその手を阻んだ。
「わーお。びっくり」
秦は焦る様子もなくただ笑っていた。
「お前人間だろ?死んで、こんな奴らに処遇を決められて…神様とか言う存在だとしても不平等だろ」
力が抜けていくのが分かる。
「どうせ苦しむなら一発すっきりしてからでも同じでしょ?」
潤んだその瞳は助けを求めているような気がした。
この人が犯した罪を許すことは出来ない。
しかし全てを否定することは出来なかった。
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