第5話
「…ここに記されている罪は殺人だ」
閻魔大王の言葉に私は何も言い返せなかった。
「疑う気は無い。だが記憶を見てもいいか?」
ゆっくりと頷くと優しくて大きな手が頭に乗った。
「…なるほど」
私の記憶と書類から答えを導き出したらしい。
閻魔大王は一人で勝手に納得していた。
「人間、お前は殺人事件の犯人として処理されている」
「つまり?」
「お前があの男を殺したことになっている」
あの状況では私が犯人に断定されてもおかしくない。
「先生は死んじゃったんだ」
殺人事件と言っていることから先生は死んだことが分かった。
『あぁ』と小さく返事をすると閻魔大王は頭を抱えた。
「確かに嘘をついたことは罪だ。だが書類上、殺人として処理されているのはおかしい」
閻魔大王は少し考えてから私を見つめた。
「俺が裁く。が、判断材料を増やしたい。よって、まだ俺の隣に置いておく」
私を物のような言い方をする閻魔大王は私を担いで歩き始めた。
「仕事だ」
私よりも大きな歩幅だがそのスピードはゆっくりだった。
人を裁くことは閻魔大王にとってどのように感じるものなのだろう。
「人間は愚かだ。その愚かさを自覚していないとは何とも滑稽な生き物だ」
「私も人間だからちょっとは傷付く」
待っている間、閻魔大王は人間への悪口が止まらなかった。
「お前は…まぁ愚かだが腐ってはいない」
初めて閻魔大王を見た時は怖いと思っていた眼差しも今では柔らかくなった。
「秦。何しに来た」
足音の正体は秦だった。
「詫び入れー!あと、閻魔の仕事現場に久しく顔を出してなかったから」
笑顔で話す秦に閻魔大王は表情一つ変えなかった。
「ごめんね。人間の絶望シーンに興味があったんだ。けど、君が本当に終わりたいならこの時間を終わらせてあげようと思ったのも事実」
しっかりと私を見つめる秦にどんな顔を知すればいいか分からなかった。
「選択肢をくれたから秦が悪いわけじゃないよ。最後に決断をしたのは私」
秦は強引な手段で私の記憶を戻すこともできたはずだ。
そして勝手に裁くこともできたはず。
しかしそうはしなかった。
「はぁ…人間は面白いな」
秦はそう小さくつぶやいた。
「どんな奴が来るかなー。予想しよう。俺はー無難に殺人系で!」
私の顔を見る秦に何か答えなくてはと思い、頭を回転させた。
「えっと、窃盗とか?」
私の答えに秦は満足したようで、次は閻魔大王に聞いた。
「知らん。興味もない」
ばっさりとそう言うと秦はつまらなかったようで、不貞腐れていた。
「人間は地獄って空想だと思ってる。けどもし死んだら本当に地獄で苦しい思いをするって知ったら、人は悪行を辞めるかな?」
良い行いをすれば本当に天国へ行ける。
それを知れば地獄に来る人が減るのではないだろうか。
平和が訪れた街で、みんなが笑顔の街の完成だ。
「無いな」
完璧に否定する閻魔大王と珍しく意見があったのか頷く秦。
「知ってもなお醜いはずだ。人間というのは実に愚かで滑稽だ」
その冷ややかな目で、何人の人間の悪行を裁いてきたのだろうか。
「仕事だ」
足音が段々大きくなってくると秦は私達の椅子の隣に立った。
「邪魔はするなよ」
「もっちろん!」
閻魔大王が嫌いな人をそばに置く理由はないのできっとこの二人は長年の仲なんだと思う。
現れたのは制服姿の男子高校生だった。
「人間とは…醜き生き物だ」
大きなため息と同時に閻魔大王の目つきが変わった。
「罪を述べよ」
その男子高校生を私は見たことがあった。
「僕…死んだんですね」
記憶を遡り、その瞬間を思い出しているようだった。
綺麗な顔立ちに、抜群のスタイル。
「相馬宗助」
思わず声に出した名前に反応を示した。
「僕の事知っているの?」
笑顔で歩み寄ろうとする相馬は私が生きていた時、人気だった人だ。
「誰なの?相馬宗助」
秦が横から顔を近づけた。
「大手ファッションブランド会社の一人息子、相馬宗助。その美貌からSNSの活動をしてて若者からすごく人気でした」
自社ブランドの服を纏ってSNSに投稿していた相馬は瞬く間に人気となり、芸能活動もしていたはず。
そんな大人気スターだ死んだという事実に正直驚いた。
そしてここが地獄だということも忘れてはいけない。
「よく知ってるね。僕のファンだったりする?」
相馬にスポットライトが当たっているのではないかと錯覚するほど、死んでもオーラはすごかった。
「いや、名前知ってるくらいなので…すみません」
流行に疎かった私は友達の話を聞いて何となく相馬を知っているくらいだった。
「早く罪を述べよ」
「罪?僕の?…完璧すぎるところ?」
ここが地獄だと分かっての発言なのだろうか。
度胸のある人だ。
「秦」
「はいはい」
そう言って姿を消した秦。
「記憶見たら早いじゃん」
閻魔大王にそう言うと首を横に振った。
「あの人間は自分が犯した罪を隠蔽している。罪の意識が全くない。俺が見て裁くこともできるがそれでは地獄の意味がない」
ここで多くの悪人を見てきた閻魔大王だからわかるのだろう。
「ここが地獄だということを忘れるなよ?」
「知ってる。けど納得は出来ない。なんで僕が地獄?理解に苦しむ」
相馬宗助。
彼は一体どんな罪を犯したのだろうか。
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