第4話

閻魔大王が部屋から出て行ってどれだけ時間が経っただろう。

地獄に朝日が昇ることは無いし太陽が沈むこともない。

時間の感覚が狂っていくのが自分でもわかる。

死んだ私が時間を感じるのもおかしな話なのかもしれない。

お腹が空くわけでも無ければ、眠くなることもない。

ただただ時間が流れている。

ここは無の場所だ。

ただ何もせずに過ぎていく時間に嫌気がさした。

「死にたい…」

虚しいだけのこの時間を終わらせたいと思った。

「殺してあげようか?」

部屋の外から声をかけてきたのは秦だった。

秦は綺麗な顔で酷なことを言った。

「あ、物理的にってよりかは俺が裁こうかって意味」

秦の手には数枚の紙があった。

「ここに君の記憶が眠っている。知りたい?そうすればすぐにでも君を殺せる」

あまりにも綺麗な笑顔なので言葉が出なかった。

私の記憶を知っている秦。

今ここで記憶を取り戻せば、この無の時間を終わらせてくれると言う。

「俺、すごい興味があるんだ。人間が絶望する瞬間ってやつ。ここに送られてくるやつはほとんど絶望の瞬間を終えてるからさー」

口をとがらせて楽しそうに紙を見つめる秦に一歩近づいた。

「閻魔が君を貸してくれないから俺から出向いちゃった。さぁどうする?」

私を見つめる秦の目は暗くて、光が一筋も入っていなかった。

自分の唾を飲み込む音がした。

それほどまでに静かなこの場所で私は記憶を取り戻そうとした。

「どうぞ」

気が付いたら秦の前に立っていて紙を受け取っていた。

「伊織若菜」

それが私の名前。

「18歳。真鍋西高校」

それが私の年齢と通っている学校。

「死因…出血死」

それが私の死に方。

順番に文字を読み上げていくと、生きていた頃のことを少しだけ思い出した。

「すべてを知りたいならここに」

右手をひらひらさせる秦から紙を貰うと、私は全ての記憶を取り戻した。

「妹は…?」

記憶を取り戻した私を待ち構えていた秦が驚いた表情で私を見つめた。

「待て待て、死んだんだぞ?人を殺して」

勢いよく近づく秦の瞳は少し揺らいでいた。

「人を殺したことへの罪悪感は置いておいて、確実に自分が死んだことを知ったんだぞ?死因も、当時の状況も思い出したんでしょ?」

「うん。思い出した。あの日、私は妹を守ろうとして死んだ」

じりじりと太陽が私の体を溶かす前に急いで家に帰ったあの日、私は死んだ。

「妹は無事?」

「…あぁ」

短い返事だったが私を安心させるには一番の返答だった。

「おい」

私達に緊張が走ったのは閻魔大王の声が聞こえたからだ。

「あー、閻魔!」

何とかこの状況を誤魔化そうとしている秦を睨みつける閻魔大王。

「教えたのか?」

秦は気まずそうに閻魔大王から視線を外した。

「人間、大丈夫か?」

秦を睨みつけた後、閻魔大王は優しい目で私を見てくれた。

ゆっくりと首を縦に振ると閻魔大王は私に近づいてきた。

「勝手に調べて勝手に情報提供か…」

私が持っていた紙を閻魔大王が奪った。

「どういうつもりだ、秦」

紙を粉々に破ると秦に近づく閻魔大王。

無言の圧が怖かった。

「悪かった。ちょっと茶化そうとしただけだ。じゃあな」

秦は私達の前から姿を消した。

「人間、全てを思い出したのか?」

部屋の扉を閉めて、閻魔大王は聞いた。

「うん。思い出した」

そう言うと閻魔大王は大きく息を吸った。

「一体何があった?」

拍子抜けな顔をする私に『何だ』と聞く閻魔大王。

「罪を述べよとか言うと思ってたから」

「俺を何だと思っているんだ」

「閻魔大王」

閻魔大王に全てを言えば、私のこの時間に終止符が打たれるだろう。

「あの日、家に帰ったら妹が血まみれの包丁を持って泣いてたの」

閻魔大王はゆっくりと椅子に腰かけた。

そして私を膝の上に置いた。

「続けろ」

私のお腹に腕を回して、話を聞く閻魔大王。

「妹は塾の先生にストーカー行為をされてて、その日は家で待ち伏せされてたっぽい。男の力の方が強いのは分かるよね?多分強引に家に入って来たんだと思う。家の中は荒れてたし」

あの日の光景を思い出すと怒りが湧いてくる。

拳に力が入るのが分かる。

「身を守るために咄嗟に…または今までの恨みからか。…妹は先生を殺しちゃったの。そして私が帰って来た。すぐに状況を理解したから、私が先生を殺したんだって妹に言い続けた。まだ、生きてたんだろうね。私は刺されて、妹に警察に走るように言ったの。その後どうなったかは知らない」

秦の言ったことを信じるのであれば妹は今も無事に生きていることになる。

「私、守れたのかな」

その男は死んだのだろうか。

それとも病院で入院して、難なくご飯を食べているのだろうか。

「妹は生きている。だが…普通の生活は出来ていないらしい」

心が苦しかった。

幼いころに親を失い、親戚の家で肩身が狭い中必死に生きてきた。

置物のように扱われても二人で耐えた。

「…何が出来たんだろう」

思わず涙が零れた。

視界が滲む私をゆっくりと抱きしめてくれた。

「私の罪は…嘘をついたことだ。妹を独りにしちゃった…」

私は罪を口にした後、子供のように声を出して泣いた。

閻魔大王はただ無言で、私の背中を撫でてくれた。

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