第3話
ここで何人もの罪人と顔を合わせた。
その度に人間の醜さを理解していった。
閻魔大王が大きなあくびをする理由が分かるくらいに罪人は単純だった。
「飯を食べに行くぞ」
私を膝の上から降ろして歩き始めた閻魔大王。
「食事って概念、あるんだ」
思わず声に出してしまった。
「人間のように腹は空かないが動くために必要だ」
食事は車を動かすガソリンに近い感覚らしい。
美味しい食べ物をみんなと共有して、お腹を満たすという発想はないらしい。
「着いた」
食堂のような場所に着いた私達は列に並んだ。
「閻魔さん!?先にどうぞ!」
既に並んでいた人達が閻魔大王に気付き譲ろうとしたがそれを断った。
「やっぱり閻魔大王は優しいね」
地獄の番人と称される恐ろしい存在であるはずの閻魔大王とはギャップを感じる。
「閻魔大王はずっとここで罪人の裁量をするの?」
列は少しづつ前に進んでいった。
「いつかその役目を終える」
永遠にここの番人として存在するわけでは無いらしい。
「その時は他の生き物に転生するの?」
「さぁな。考えたこともない」
そう言って一歩前に進んだ閻魔大王の後ろに続く。
ご飯をもらおうとすると赤い液体を見た私は一気に吐き気に飲み込まれた。
赤い液体は血液を連想させる。
そして私に頭に浮かんだのは肩で息をしながら目を右往左往させている女の子が血塗られた刃物を持っている様子だった。
『どうしよう。お姉ちゃん』
その子はそう言って私を潤んだ瞳で見つめた。
「大丈夫か!?」
閻魔大王の声は聞こえている。
しかし体が立つことを許さなかった。
気持ち悪さで視界が歪む。
「何か思い出したのか?」
私の背中を支える閻魔大王の質問に首を縦に振った。
大切なものを持つかのように両手で丁寧に私を持った閻魔大王はゆっくりと歩き始めた。
「落ち着け」
人を裁く立場の閻魔大王がこんなにも心配してくれているのが少しだけおかしく思える。
段々と吐き気はなくなり呼吸も正常に戻った。
「…話せるか?」
さっき見た出来事を伝えると閻魔大王は目を細めた。
「それでは見た少女が誰かを殺したことになる」
何かを考えるように部屋を立ち歩く閻魔大王。
「一体お前の罪は何なんだ」
私の罪は人を殺めたこと?
記憶にない罪を懸命に思い出そうとする。
するとさっきの光景が再び頭に浮かんだ。
「今は何も考えるな。目を閉じろ」
大きな大きな手で私の耳を塞ぎ、私を見つめた。
その指示に従うと呼吸の乱れが落ち着いていく。
「ありがとう。ごめんね」
「なぜ謝る」
不思議なものを見つめるような顔で私を見る。
「私が罪人で裁かないといけないのに記憶が無いから閻魔大王の仕事増やしてる」
面倒なことに巻き込んでしまったと申し訳なさでいっぱいになる。
「人間に謝られたのは初めてだ。新鮮だな」
フッと微かに笑う閻魔大王に見とれていると大きな足音が迫って来た。
閻魔大王の舌打ちを聞くと、扉が思い切り開いた。
「記憶のない人間の女の子と一緒にいるだと!?」
ズカズカと部屋に入って来るその人は閻魔大王同様、大きな体だった。
その人の目線の先は私だとすぐにわかった。
「この子?」
閻魔大王が大きなため息をしてから頷くとその人は一気に距離を詰めてきた。
「まじかー!俺、今とんでもない瞬間に居合わせてる!」
「勝手に来たんだろ」
二人は仲が良いようでその様子は普通の男の子だった。
「こいつは秦だ」
爽やかな笑顔で私を見つめた。
「人間が記憶を失って裁量が出来ないなんて歴史上存在しないんだよ!」
楽しそうに話す秦を軽く殴る閻魔大王。
こうしていると普通に今も生きているのではないかと思ってしまう。
もう死んでいるのに。
「記憶が戻るまで面倒見てるんだろ?俺も手伝う!」
「仕事をしろ」
呆れながら話を続ける閻魔大王はあくびを一つした。
「えー!閻魔こういうの興味ないでしょ?俺のところで面倒見るよ」
優しそうに笑う秦は閻魔大王に交渉を始めた。
「ダメだ」
きっぱり断られた秦は驚いた顔をした。
「何だ?」
秦があまりにも閻魔大王を見つめるのでそう聞いたのだろう。
「いやー?まさか閻魔が…気にいっちゃったんだ?この子の事」
秦が悪い顔になっていくのが分かる。
何か言い返すのかと思ったが閻魔大王は何も言い返さずに私に近づいて来た。
「…かもしれないな」
秦はヒューっと口笛を吹いて閻魔大王の顔をまじまじ見た。
「今度の休み、閻魔のところに顔を出すよ。久しぶりに仕事現場、行かせてもらうね。じゃあその時までバイバイー!」
思い切り手を振って部屋を後にした。
扉が開いたままの部屋に二人取り残されて変な空気になった。
「人間、秦には気を付けろよ」
それが一体どういう意味なのか分からなかったが聞き返そうにも閻魔大王は私を残して部屋を出ていった。
あれだけ離れるなと言われたのに閻魔大王から離れていくので驚いたが同時に、寂しさも感じたのはなぜだろう。
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