二
窓だけがある部屋。見慣れてはいないが、妙に記憶にこびり付いた景色。少し記憶と違うのは、茜の光ではなく、白く澄んだ光が窓から差していることだ。なんだ、随分と長い時間、眠っていたらしい。
「起きたね」
ベッド横に座ったキモ山さんが言う。手には本を持っている。俺の隣で寝ていたはずだが、先に起きたのだろうか。
「僕もさっきまで寝てたよ。朝食でも作ろうと思ってね」
本を閉じ、こちらに顔を向けたキモ山さんが言う。朝食。そういえば、少し腹が空いている気がする。
「気分はどうだい?」
「今は大丈夫です。吐き気も
気にしないで、とキモ山さんは優しく微笑んだ。キモ山さんから感じていた不気味さがない。それどころか、彼の声に安心している自分がいる。この人は多分、いい人だ。そうであってほしい。
「じゃ、これをどうぞ。簡単なものだけど」
キモ山さんの手に、水の入ったコップとサンドウィッチが二つ乗った皿があった。いつの間に、と思ったが、まあ、この程度の不思議に逐一反応するのも野暮だろう。何せ、ここは異星か異世界か、目の前にいる男は俺の常識ではファンタジーだ。
「ありがとうございます。ここで食べちゃって良いんですか?」
「ああ、気にせず食べちゃって」
はい、と返事をして、俺は水を一口飲む。サンドウィッチを手に取り、一口齧る。レタスとトマト、ベーコンが挟まっている。美味しい。
「俺、どうすればいいんですかね」
「そうだねえ。正直、僕にも分からないねえ」
顎に手を当てたキモ山さんが言う。
「何かできることがあるとすれば、のんびりすることかなあ」
何か有用に時間を過ごすなら、キモ山さんに質問をぶつけることだろう。しかし、何だか少し気が引ける。俺のことをそもそも知らない様だし、何よりあまりキモ山さんを困らせたくなかった。もちろん、訊きたいことならある。『予想外』とは? ここに辿り着く人間に規則があるのか。のんびり。時間が経てば何かが起きるのか。俺が予想した範囲の存在ならば、ただ時間を過ごせば良いと言うことか。なら、予想外の俺ならば、何かしなければならないことがあるのかも知れない。
「君は、いろいろと考えちゃうタイプなんだねえ」
キモ山さんが感心した様に言う。考えすぎちゃうタイプ、が正解だろう。
キモ山さんが見守る中、俺はサンドウィッチをゆっくり食べていく。何だか少し恥ずかしい。ふとキモ山さんと目が合うと、彼はニッコリと笑った。何故、この人は見ず知らずの俺にこんなことが出来るのだろうか。何か裏を感じてしまう辺り、俺は用心深いのか、小心者なのか。しかし、唯一頼れる相手を疑うのは非効率かも知れない。ここは意識的に、キモ山さんを信じることにしよう。
「僕は君の味方だよ」
やはりニッコリと笑うキモ山さんに、笑みの一つでも返せたらば、と思うものの、俺の表情は鉄の様に硬い。ありがとうございます、とだけ返して、サンドウィッチの残りを平らげる。
「美味しかったです」
「よかった。材料はいくらでもあるから、お腹が空けば好きなものを食べよう」
「そうします。えと……」
「なんだい?」
「次は一緒に食べましょう」
キモ山さんは少し驚いた顔をして、
「ありがとう。次は一緒に作って食べようね」
と、俺の頭を撫でながら言った。
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