窓だけがある部屋。見慣れてはいないが、妙に記憶にこびり付いた景色。少し記憶と違うのは、茜の光ではなく、白く澄んだ光が窓から差していることだ。なんだ、随分と長い時間、眠っていたらしい。

「起きたね」

 ベッド横に座ったキモ山さんが言う。手には本を持っている。俺の隣で寝ていたはずだが、先に起きたのだろうか。

「僕もさっきまで寝てたよ。朝食でも作ろうと思ってね」

 本を閉じ、こちらに顔を向けたキモ山さんが言う。朝食。そういえば、少し腹が空いている気がする。

「気分はどうだい?」

「今は大丈夫です。吐き気もおさまってます。ありがとうございます」

 気にしないで、とキモ山さんは優しく微笑んだ。キモ山さんから感じていた不気味さがない。それどころか、彼の声に安心している自分がいる。この人は多分、いい人だ。そうであってほしい。

「じゃ、これをどうぞ。簡単なものだけど」

 キモ山さんの手に、水の入ったコップとサンドウィッチが二つ乗った皿があった。いつの間に、と思ったが、まあ、この程度の不思議に逐一反応するのも野暮だろう。何せ、ここは異星か異世界か、目の前にいる男は俺の常識ではファンタジーだ。

「ありがとうございます。ここで食べちゃって良いんですか?」

「ああ、気にせず食べちゃって」

 はい、と返事をして、俺は水を一口飲む。サンドウィッチを手に取り、一口齧る。レタスとトマト、ベーコンが挟まっている。美味しい。

「俺、どうすればいいんですかね」

「そうだねえ。正直、僕にも分からないねえ」

 顎に手を当てたキモ山さんが言う。

「何かできることがあるとすれば、かなあ」

 何か有用に時間を過ごすなら、キモ山さんに質問をぶつけることだろう。しかし、何だか少し気が引ける。俺のことをそもそも知らない様だし、何よりあまりキモ山さんを困らせたくなかった。もちろん、訊きたいことならある。『予想外』とは? ここに辿り着く人間に規則があるのか。のんびり。時間が経てば何かが起きるのか。俺が予想した範囲の存在ならば、ただ時間を過ごせば良いと言うことか。なら、予想外の俺ならば、何かしなければならないことがあるのかも知れない。

「君は、いろいろと考えちゃうタイプなんだねえ」

 キモ山さんが感心した様に言う。考えすぎちゃうタイプ、が正解だろう。

 キモ山さんが見守る中、俺はサンドウィッチをゆっくり食べていく。何だか少し恥ずかしい。ふとキモ山さんと目が合うと、彼はニッコリと笑った。何故、この人は見ず知らずの俺にこんなことが出来るのだろうか。何か裏を感じてしまう辺り、俺は用心深いのか、小心者なのか。しかし、唯一頼れる相手を疑うのは非効率かも知れない。ここは意識的に、キモ山さんを信じることにしよう。

「僕は君の味方だよ」

 やはりニッコリと笑うキモ山さんに、笑みの一つでも返せたらば、と思うものの、俺の表情は鉄の様に硬い。ありがとうございます、とだけ返して、サンドウィッチの残りを平らげる。

「美味しかったです」

「よかった。材料はいくらでもあるから、お腹が空けば好きなものを食べよう」

「そうします。えと……」

「なんだい?」

「次は一緒に食べましょう」

 キモ山さんは少し驚いた顔をして、

「ありがとう。次は一緒に作って食べようね」

 と、俺の頭を撫でながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る