第2話 都督府学園六不思議
「緑茶大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
おはぎを美味そうに頬張る犬童は、筑紫よりも幼く見える。
好物だとは聞いていたが、ここまで嬉しそうなら次も作ってこようかと考えていると、不意に犬童と目があった。
犬童の青い瞳の奥で形容しがたい感情が揺れている。
「…お口に合わなかったでしょうか?」
「ううん、美味しいよ!さて遅くなる前にこれからやってほしい事とか説明するね」
犬童は少し困ったように笑うと、話題を逸らすように藁半紙の束に万年筆で文字を走らせた。
「
「はい。六不思議発生箇所は《防人》に任命された者だけが視え、普通は見えないものだと伺いました」
筑紫の言葉に犬童は万年筆を動かす手を止めぬまま、無言で頷く。
「そう、そしてそれは僕にも視えないんだ。《防人》にお願いしたいのは発生箇所を見つけて捕縛してもらうこと。そして僕が異変を滅ぼす」
「
「んーまあ、そう、色々あってね」
少し言葉を濁しながら犬童は頭を掻いた。筑紫は首を傾げつつも、犬童に改めて向き直る。
「浅学で恐縮なのですが…異変が異界化を引き起こすとどうなるんですか?」
「異界化すると人心を蝕み狂気に陥れる場になる。そして六つ全てが異界化されると国…この土地が滅ぶんだ」
それまで穏やかだった雰囲気を一変させ、犬童は鋭さを増した瞳で真っ直ぐ筑紫を見る。
「まあそんな事絶対させないよ!」
「…はい。軍毅殿の力になれるよう尽力いたします」
強く胸を叩く犬童に、筑紫も決意新たに表情を引き締めた。満足したように微笑むと、犬童は書き終えた藁半紙を筑紫に差し出した。
「大体学園内のどこかに発生するんだけど、学園の造りが分からないよね?簡易だけどこれ見取り図」
犬童が描いた見取り図を受け取る。学園は片仮名のロの字が二つくっついたような形だった。中央が教室棟で今居る右側が特別教室棟と綺麗な字で記載されている。
特別教室棟から下に伸びた通路の先は体育館と書かれ、中央から左の四角には図書室と書かれていた。
「図書室は随分大きいんですね」
「そうだね、図書館っていってもいいかも。蔵書量もすごいからそのうち行ってみるといいよ」
「分かりました」
都督府学園の図書室は地元でも有名だった。県下一とも言われており、学園が休みの日は一般開放もされている。
筑紫自身も本は好きなため、今度行ってみようと思った。
「僕がここにいない時は、大概図書室にいるからね」
「分かりました」
「あとそろそろ来ると思うけど、他の防人の子たちとも顔合わせしないとね。三人とも楽しみにしてるって言ってたよ」
「………分かりました」
「ん?なんか微妙な顔になってるけどどうしたの」
先程までの淡々と返答していた無表情に近い顔から一転して、眉根を寄せる筑紫に今度は犬童が首を傾げる。
「いえ、なんでもないです」
「そう?あ、あとこれ、痛かったらごめんね」
犬童は座ったままの筑紫の前に立ち、そっと左耳に触れる。一瞬熱を持ったと感じた次の瞬間、小さな金属の環が耳朶にぶら下がっていた。
「ピアス、ですか?」
「うん、お守り!いつでも身に着けられるし、簡単には取られないしね。外せば穴は消えるようにしてるから。他の《防人》達にも渡したんだけど、任期中は外したりしないでね」
にっこり笑うと犬童は手を離した。鏡を渡されて確認すると、左耳に平たい金属の環が元々付いていたようにあった。心なしかまだ耳朶がほんのり温かい気がする。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「ぇあ、う、うん」
身を案じてくれるのだという嬉しさから思わず微笑んだ筑紫を見て、犬童の顔が耳まで真っ赤に染まる。相当に照れ臭いのか口元を押さえながら俯いてしまった。
「軍毅殿?」
「な、な、んでもない」
「失礼します〜犬童先生いらっしゃいますかぁ?」
しどろもどろになる犬童の言葉を遮るように、ノックととも引き戸が引かれ軽い声がかかる。
「はぁ…やはりお前か、隼人」
「やっほー筑紫!久しぶりっ!軍毅殿お邪魔でしたぁ?」
「い、いや別に」
「こら離れろ、軍毅殿に失礼な」
人懐っこい笑みを浮かべ、筑紫の背後から抱きつく糸目の少年に、筑紫は呆れたように声をかけた。ふわふわとしたクセのある茶髪が揺れ、筑紫と変わらぬ体躯のため大型犬が戯れているように見える。
「失礼します軍毅様。帰宅しかけてた
「ありがとう
「ウチ、別にサボろうとしたんじゃないってば!忘れちゃっただけー」
隼人が開けっぱなしにした扉の向こうから、オールバックでのんびりした雰囲気をまとう少年と、彼に引き摺られるように襟首を掴まれたポニーテールの少年が現れる。
「健さん!それに豊国も?」
筑紫は思わず声を上げる。隼人は前に防人候補になったと話していて知っていたが、二人については完全に予想外だった。
「や、久しぶり筑紫。時期が時期なんで一年間だけど、俺も防人なんだ。よろしくね」
「筑紫っちじゃん!ウチは二年間だからヨロ!」
穏やかに微笑む健と、女子のようなノリの豊国に筑紫も頷いて返した。
「防人の人数は決まってるわけじゃないけど、今回は嫌な感じもあって四人にお願いすることにしたんだ。皆親戚だし仲良くやってね」
「分かりました、よろしくお願いします」
筑紫の一族は基本、いつ防人に選ばれてもいいように修行自体は全員が行なっている。その中でも異変が感知された際に年齢が合い、力のある者が《防人》となる。今回の四人もそう言った理由から選出されていた。
「隼人は遠縁なのに選ばれてるんだから凄いなあ」
「…別にぃ?ま、オレの足は引っ張んないでねぇタケル?」
「何で毎回健さんにだけ態度が悪いんだお前は」
「あっ、新作のネイル出てるーウチ早く帰りたいー」
感心したように褒める健に、刺々しく返す隼人を見て呆れたように溜息する筑紫。そして何も意に介さない豊国ら四人を見て犬童は破顔した。
「今回の《防人》も
こうなるだろうなと分かっていた筑紫は、このメンバーで大丈夫だろうかと内心頭を抱えた。
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