1-3 目を奪われる筋肉

 今日はオリエンテーションのみ。

 それは良いんだけど。自己紹介って……大丈夫かなぁ私。

 このクラスは横に五席、縦に六席で総員三十名なんだけど、名前が覚えられない。

 だって今まで一人だったもの!

 友達なんて今まで一度も、できた事ないやい!

 気づいたらあと二人で私だよ! 窓側最後列だからね……嫌だなぁ。


「はい次の席の人──」 


 次は金髪の子だぁ。なんかカッコいい系? 目付きも私より怖い筈なのに、優しそうに見える。


「知らない顔が一人混じってるからな。しゃー無しか」


 それは私の事だよね。


「私は野小沢麗音のこざわ れおん。趣味は歌う事と、音痴って言った奴をブチのめす事。あと呼び方はレオンで良いぞ」


 私を見ながら言ってくれた! 

 レオンちゃんだね。

 優しそうな人だし、後でお話ししてみよっ。


「レオン、お前ちゃんと勉強しないと、危ないからな──。はい次の人──」


 次はさっちゃんだね!! わくわく、わくわく、どんな自己紹介かなぁ。


「華ノ恵桜乃かのえ さくのです。また皆さんと学べる事を嬉しく思いますの。また三年間、宜しくお願い致します」


 ちゃんとした挨拶だ!? どうしよう私の番がきちゃうどうしよう!


「ほいありがとな──じゃあ最後で」


 ぎゃあああっ!?

 私来たよっ、ここは勢いでやるしか無い!!


「はい! 私は桐藤花乃歌きりふじ かのかと言います! 宜しくお願いしましゅっ!」


 ひぃやぁああああああっ!?

 噛んじゃったよ駄目だっ、皆んなの視線が痛いぃいいい! 

 ここは笑顔で誤魔化さなければ!!

(ニコッ────────)

 誰か何かいってよぉおおお!?


「あ──桐藤」


 先生助けて!!


「お前背小さいのに、そんな後でええの?」


 それ違うよ先生!?


「先生。彼女には後で言いますので、先に進めてください」


 さっちゃ──ん!私を助けてくれたんだね!

 あれ? 目を合わせてくれない……(ニコッ)


「桐藤それあかんぞ──」


 何が駄目なの先生……そんなに怖い…よね。


        ◇ ◇ ◇


 オリエンテーション終わった──!!


「桐藤さん、ちょっと良いかしら」

「さっちゃん! さっきは助かったよ─っ! 有難うさっちゃん、抱き締めちゃうっ……」


 何でにげるの……抱き締めさせてよ。


「良いからついて来なさい」


 器用に車椅子を操作して凄いな。

 おっとついて行かなきゃ。


「さっちゃん待っ────えっ」


 教室を出て窓の向こう、上級生だろうか。

 角刈りの古めかしい頭に眉は濃く、学生服を着ていても分かる分厚い胸板。

 なにより同級生をヘッドロックしている、上腕二頭筋と三頭筋の、バランスの良さ。

 私は目が離せないでいる。


「桐藤さん?」

「さっちゃん……私、恋をしたかもしれない」


 入学早々私好みのマッチョが────私の心を射抜いた。


「桐藤さん!? 何を言っているの桐藤さん!」


 私はそのマッチョが居なくなるまで、窓から一歩も動かなかった。


「はぁ……良い筋肉だったなぁ……」


 あの筋肉に挟まれたい、あの筋肉を触りたい、あの筋肉にっ痛ぃ!


「何するのさっちゃん!?」


 さっちゃんにお尻をつねられた……痛い。


「ようやく自分の世界から、戻ってきましたの」


 はっ!? そうだった!

 さっちゃんについて行くんだったよ!

 御免なさい!


「いいですよもう。それより来て下さい」


 行くよーそれじゃあ車椅子押すね。

 さっちゃんの後に回ってと。


「桐藤さん大丈夫ですよ、押さなくて……大丈夫と言ってますのに」

「良いから良いから任せてよ! それで、どこに向かうの?」

「ここの最上階、理事長室ですの」


 理事長!? 

 学院の一番偉い人!?

 いっ……行きたくない……よ。


「さっちゃん、やっぱりわたしぃ……」

「あら? 押してくれるのでは、ないのですか?」


 ぬぅうううううっ、行くしかないのね。


「わかったよ……なんで理事長室になんか」


 エレベーターを上がって九階? 

 この校舎、八階までじゃなかったかな。

 直通エレベーターなのね凄い。

 ポンッ

 着いた……エレベーターのドアが開かないよ?


「さっちゃん、これ故障してない?」


 そう私が言うと、さっちゃんは苦笑いして、車椅子に取り付けられたケーブルを伸ばし、エレベーターのボタンの下にある、窪みに入れると──プシュッ──っと、音が鳴り扉が開いた。


「なにこれ秘密基地!?」


 私は車椅子を押しながら、部屋へと入る。

 窓が無く、分厚いコンクリート剥き出しの壁に、映画でも見れるのではと思うモニターが設置され、長机の上にネームプレートが置かれており、そこには理事長とだけ書かれている。

 それ以外何も無い殺風景な部屋。


 さっちゃんは長机の向こう側へ行き、丁度ネームプレート辺りで止まりこちらを向いた。

 なんでそこにさっちゃんが?


「さて、改めてまして。私がを務めております華ノ恵桜乃かのえ さくのと申しますの」


 え……?

 私は、その言葉を理解するのに、およそ五分間。たださっちゃんを見つめて、固まっていた。

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