第11話 私闘
目の前の巨体が私の斧を胸に突き立てながら、爆発で空いた穴の中に崩れ落ちた。
肩で大きく息をしながらも、辺りの気配を探りたいが、私にそんな余力残っていない。
辛うじて立って戦意を示すだけで精一杯だ。
ずっと吐き気がして頭痛がするのは、魔力をむりやり強化したためだ。
回復魔法は過度の継続使用で、もはや効果が薄れつつある。
得物は手を離れ、身体のあちこちが熱を持ち、悲鳴を上げ始めている。
決着まで、そう長くはないだろう。
<二人倒したが…>
確かに私を拉致しにきた敵一小隊4名のうち2名を倒した。
元賢者が敵の兵隊と相対して戦ったのだ。
これは愚かな事だ。筋力体力で劣る賢者がこんな戦いをするのははっきり言って馬鹿だ。
配下の魔法術師がかつて、こんな戦いをしたのを見た。
私はそいつに勝ったにも係わらず叱責したっけ。
「貴様、自分の持ち味は何だと思っている、それじゃ死ぬぞ」
そう言って首ねっこ掴んで投げ飛ばし、数発蹴りを入れた事を思い出していた。
そいつに死んで欲しくなったからだが、しばらくの間、私に暴君の二つ名がついた。
今頃になって、自分の言葉を回収するとはな…
まだ、私が生きているのは、相手の少しの慢心と相手が私を生け捕りする命令を受けていたからだ。
だが仲間2名を失って、もうすぐ騎士団が救援に来てもおかしくない頃合いだ。
撤退か、戦闘続行か、どう出るかはわからない。
このまま撤退は考えにくい、今なら最低限、私の首が必要だろう。
眼の端に小屋の玄関を入れる。生き残るならば、最初に捨てた籠城戦だ。
敵が怒るかもしれないが、私にとってそれは不愉快な選択だ。
気に入らないものは気に入らない。
そうは言っても、誰に蹴りいれられようが、ここは籠城戦が唯一生き延びる策だ。
騎士団が来るまでの間だ、私が拉致されねば私の勝ち、それでいいだろう。
膝がガクッと力なく崩れると見せかけて、私はなけなしの脚力で小屋の玄関に跳んだ。
「甘いわ」
私は空中で腹に蹴りを喰らった。
そしてゴロゴロと雪の積もった庭を転がった。
あばらが数本は確実に折れた。咳き込むと血の泡を吐き出した。
敵の気配を背中に感じるが身体が言う事を聞かない。
「舐めやがって」
左の太ももをいきなり力任せに踏まれた。
「くっ…」
右手、右の足首、左肩、そいつは私の身体を次々と破壊していった。
ただし気絶しないように、殺さないように…
もはや、私に叫び声をあげる力どころか気力も失っていた。
身体中が悲鳴を知らせているが、どうしようもなかった。
「もう、いいだろ、そいつを担げ」
どこからか声がした。
「へいへい、あ、そう言えば」
頭上で声がすると、そいつは力を入れた。
「あのおばちゃんとやったんだろ、なら、ここはもう要らないよな」
私は悲鳴を上げたがなぜかすぐに終わった。
急にかかっていた力が無くなったのだ。
理由はどうでもいい、とにかく何度も何度も肩で激痛を全身に感じながら息をする。
いきなり小屋の玄関が、バンッと吹っ飛んだような音が聞こえた。
「誰だ!」
それが私が聞いたその男の最後の声となった。
黒い疾風が、倒れる私の上を駆け抜けた。
倒れる私の視界にその黒い疾風、いや魔物が、その片手にあの男の顔を掴んで走るのが見えた。そして男の頭を大きな岩に叩きつけた。
思わず目を見開いてその光景を見ていた。
まるで熟したトマトを床に落とした時のように赤い液体があたりに四散した。
その黒い魔物の横顔が見えた。見覚えがある、そうか私が夢で最近よく見た魔物だ。
殺戮だけに喜悦で身を震わす黒い魔物、ついに現れやがった。
一瞬で、私の視界から消えた。やつがそれなら、次の獲物は決まっている。
身体が動くまで、もう少しかかる。私は耳を澄ませた。
ドンッと振動がしてパリンッとガラスが割れる音がして、そしてドスっと雪が落ちる音…、そうか、どちらかが小屋に叩きつけられたのだ。
グァ~と叫び声が小屋からする。まさか、あの黒い魔物が投げられたのだろうか?
痛みを忘れて少しだけ身体を動かした。
すると、そこには、敵の大柄な、おそらく小隊のリーダー…と、黒い魔物が戦っているのが見えた。黒い魔物は闇に溶けて大きさがよくわからない。ただ、敵より遥かに小さい。
それと、ただ無闇に手数だけで攻撃しているように見える。
一方、敵のリーダーは急所を守りつつ、反撃の機会を…今、黒い魔物の手を掴むと力任せに投げた。黒い魔物は体勢を整えられず小屋の壁に激突して雪溜まりに落ちた。黒い魔物の体表が帯電しているかのように、小さな稲光が走っている。それは怒りなのか、それより私はその戦いに身を焦がす思いがした。かつてそういう世界に自分がいた事を羨ましがっていた。
黒い魔物は、右手をだらんと垂らしている。壁にぶつけて肩を痛めたのだろうか。
しかし、黒い魔物は敵に向かって跳んだ、そしてまた無闇な攻撃を始めたかのように見えた。しかしそれはギャーと絶叫とともに否定された。敵の頭を、一本の透明な槍の穂先が貫いていたのだ。しかも右手で、思わず戦慄する。そうか黒い魔物は槍を隠していたのだ。どこが無闇な攻撃なものか。
敵がその巨漢をゆっくり地面に倒していく。その喉元に黒い魔物はとどめ貫き手を放った。倒れると同時に、槍の穂先が割れ散った、それが軒下のツララだったと、いま初めて私は分かった。
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