第10話 喪失

ごくごくっと冷たい水を飲む。

喉から胃へと流れ込んでいくのが分かる。

少しはシャンとしたが私の身体を魔力が蝕み続けているのは止まらない。

無茶に合う見返りがあれば、それでいい。

水を用意してくれたセルケトさんは私の横に立って私を見ている。

意地でも笑顔を作りたいが余裕が無い。

ドーピングをしてほぼ全盛期に魔力の行使が可能になっただけだ。

半目にして大きく息を吐き出した。

<なぜ触れない?>

触れれば解決ではないが、まずはそこからだ。

テーブルの小さなポッドから蜂蜜漬けの木の実を数個摘まんで口に入れる。

効果は無いがこれは私の癖だ。

味は旨いはずだが今は全くわからない。

魔法や魔力はいわばチートではあるけどチートなりの法則、ルールがある。

それらを理解できれば誰でも魔道具が作れる時代が今だ。

もちろん理解できればの話だし、今、ここで作っている余裕はない。

チョーカーを外すというより、触れるようにする魔道具の発想が思い付かない。

だから思考力強化を図って解決案を模索するしかない。

目の前の空間に半透明のウインドウが一枚現出させる。

記憶の中にあるサインフレームの再現だ。

もちろん他者には見えない。

あくまでも脳内での思考パターンを表示したにすぎない。

制限を掛けないと思考が流れていく。

問題に関係ない雑念をフィルターに掛ける。

私の記憶から仮説を立てて即判断していく。

”セルケトによる私の精神支配説”

つまり、チョーカーは元々存在しない説だな

却下、私は精神支配を受けていない。これは問題ない。

”近くに潜む術者の無力化”

2つ目で、自分がチョーカーの直接解除を諦めた事に唖然とする。

却下しなければ、その仮説に提案と仮説が展開される。

”敵の所在の索敵、および敵を四人小隊と仮定して戦術を立案、検討”

却下だ、術者はおそらく後衛だろう。

打って出てチョーカー起動までに術者を倒すのは難しい。

結局、チョーカーを外す方法を検討する方向に戻った。

思わずまた蜂蜜漬けの木の実を数個摘まんで口に入れる。

ふとセルケトさんを見る。

まだ、時間的に余裕があるのだろう。

だから私に少しは期待しているのだろうか。

しかし、協力してくれかは分からん。

彼女の願いと私の希望とは異なるからだ。

個人(スタンドアロン)での思考展開の問題や限界を自ら実証しつつある。

それが現役を引退した今、実戦で実証する必要はどこにもない。

セルケトさんの知識や魔力が使えれば正解にたどり着く確率は上がるのだが・・・。

現時点での彼女に関しては一切保留。

”セルケトの私の技量の評価から推測される敵戦力の規模の推測”

これはよくわからん続行だな。

木の実の一部が歯の間に挟まってうざい。

”チョーカーへ命令阻止の可能性”

これはチョーカーの無力化を目的で思考をしている。

命令の入力インタフェースへのアクセス遮断、あるいはアクセス不可を模索中だ。

前者、後者とも続行、ただしチョーカーの解除方法が術者に依存するなら無理筋だけどな。

ここで、新しいフレームが現れた。

そこには、大きく結論が書いてあった。

*** 籠城策 ***

私はその説明を斜め読みする。

この庭を小屋の周りは常時結界が張ってある。

騎士団が設定した監視用結界だ。何かあれば山の駐屯地に連絡がある。

それは比較的単純な結界で獣、魔物の検知が主で大した迎撃能力はない。

それより少し内側に私の防御用結界が多数の魔石の配置によって組まれている。

少し古典的で愚直だが、なかなかの強度だ。

防衛用魔石は私の独自通信系魔法(プロトコル)でしか管理ができない。

術者に何かあったらといって無効化はしない。

つまり解けない、いや解けにくい魔法だな。

チョーカーもこのタイプの可能性は残っている。

大抵、術者の魔力等が感知できなければ、次のフェーズ、大抵自爆かな。

融通は利かないがってやつだ。

そしてもう一つ、攻撃力は皆無だが外部からの室内への魔力の干渉を遮断する強力な結界がある。

室内の空間に魔力の道を開く事を一切遮断する。

それと詠唱検知機能がありジャミング機能で詠唱を詠唱なさなくする。

術者二人までなら対応可能という優れものだ。

日頃使用している魔石をアバウトな管理をしているのもこの結界があるからだ。

室内では他者でも使えるほどルーズな設定だ。

だからセルケトさんでも使えるが、それを教えていないだけ。

これらの結界で籠城が一択の結論だな。

最初から分かっていっていた事だ。

私が撃って出て敵を殲滅して、セルケトさんに格好つけたかっただけの話。

無理してドーピングしたのもそうだ。

守りに徹して敵が撤退すれば、当面、セルケトさんは無事だ。

そのうちチョーカーも解除策が見つかるはずだ。

セルケトさんの保護も兼ねて騎士団か誰かの力を借りれば解除できるだろう。

これはセカンドプランだ。

私の影響力を見せて彼女からの敬意は得る策。

「セルケトさん」

彼女に声を掛けた。

ほぼ同時に小屋を揺らす大音響とともに窓の外で火柱が一本上がるのが見えた。

庭に仕掛けた防衛用魔石が敵に反応したのだ。

「敵だ!」

セルケトさんの感じから、そこまで来ているとは思っていなかった。

私の意図とは関係なく、籠城戦が始まった。

「ちょっと待って、攻撃しないで」

セルケトさんはあわてて私を止めようとする。

「大丈夫、君は死なないから」

続けてもう一発防御用魔法が火柱を上げた。

仕掛けた防御用魔法は、30発を超える。

夜、許可なしに庭に入ると事は、地雷原に歩く事に等しい。

敵を評価して一人くらい倒せばめっけものだと思って外の気配を探る。

すると、なにやら大きな声が聞こえてきた。

「なんだ?」

私にはそれの意味が分からなかった。

異国の言葉か、しかし、それは魔法の詠唱の類ではない。

言葉が分からないが足りない、短い気がする。

<ほぼ無詠唱か!>

一瞬、背中に汗が流れるが、外で放たれた魔力は室内に入らない。

窓の端から外を見回すと遠くに炎に照らしだされた人影が見える。

声の主はそいつのようだ。

異国のスラングで私を罵ったと思った。

小屋の中から出てこない私を腰抜けとか、気持ちは分かるがこれも作戦だ。

突然、ギャッと小屋の中から声が聞こえた。

「セルケトさん!」

その声に慌てて振り返る。

<まさか侵入者>

その考えは即否定できた。

そこには首のチョーカーに両手を当ててよろよろ歩いているセルケトさん?しかいなかったからだ。

色々疑問はあるが、私は苦しむセルケトさんを後ろから抱きしめる。

声にならない苦鳴を漏らしながら彼女はチョーカーが締まるのを抑えようとしている。

<言葉による室内の魔道具の起動>

一瞬で事実を理解する。

私の持ち物でそんな魔道具はない。

誤作動防止のため発火には魔力を使う。

彼女の首のチョーカーは、私の持ち物ではない。

いまさら歯ぎしりしても、着実に締まっていくのは止まらない。

<私が引きちぎってやる>

それぐらいしか思いつかなかった。

そしてチョーカーと首の間に指を入れようとした。

しかし私の指は相変わらずチョーカーを触れる事はできなかった。

「くそっ」

困惑と己の力不足を呪う。

こんな私の力なら他国にくれてやってもいいのではないか。

そんな思いに関係なくチョーカーが首筋にめり込んでいく。

彼女の片手がだらりと垂れ下がった。

私の腕の中のセルケトさんの感触が変わった。

一言で言うと軽くなった。

認識疎外の魔法、違うな、それ以外に体格の変化の魔法を掛けて続けているのか。

今更どうでもいい、自身に掛けた全ての魔法が解けて本来の彼女の姿になっただけだ。

知らないセルケトさんを私は見下ろしていた。

銀髪の若い娘、おそらくエルフの首が横にガクッと折れた。

娘の友達と紹介されても何ら違和感もない娘が命を消されようとしている。

<私のせい、なのか>

そんなエルフが私の腕の中で・・・・・最悪だ。

「くそっ」

目の前が真っ暗になった。

ただ頭の中の歯車は、いまだにギシギシ音を立てながら回っていた。


小屋のドアを開けて玄関の前に立つ。

古いデザインの騎士団のロングコートを羽織って外に出た。

夜に白の外套は目立つが粉雪が舞う夜なら大丈夫だろう。

左手の傷がずっとリズムを取るように疼いている。

止血としてタオルを巻きつけただけ。

これは自分に課した罰だ、自己満足なのは分かっている。

その代わり現役に近い緊張感が戻っている。

引退したからって敵は見逃してくれはしない。

敵にとって私はずっと敵のままだ。

かつては、どうせろくな死に方をしないと思っていた。

それを私は忘れていた。

それが嫌なら帝都の奥の方に引っ込んでいればいい。

<ごたくはここまでだ>

私の得物は少々心許ないが右手の小さな鉈だ。

<これは私闘だ>

セルケトさんにあんなチョーカーを着けた奴は目の前の闇に潜んでいる。

私は庭に足を踏み出した。

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