第9話 あなたがいるから、進める
週末、3人で近所の河川敷へピクニックに行った。
桜はもう散り始めていたけど、芝生には子供たちの声が響き、春の光がやわらかく降り注いでいた。
息子さんは、前よりもずっと自然に俺のそばに寄ってきてくれるようになった。
「お兄ちゃん、これ見てー!」
手作りのシャボン玉セットを振り回して、全力で笑う。
その無邪気さに、俺も彼女もつられて笑った。
「あんた、ほんとにパパみたいになってきたね」
「それ、褒めてる?」
「……めちゃくちゃ褒めてる」
彼女がそう言って、ふと視線を外した。風が吹いて、髪がふわっと揺れる。
昼過ぎ、お弁当を食べ終えた頃、息子さんがふと聞いた。
「ねぇ、ママとお兄ちゃん、なんでけっこんしないの?」
彼女がむせそうになり、俺もスプーンを落としかけた。
「な、なんでそんなこと聞くの?」
「だって、ママずっと楽しそうだし、お兄ちゃんもごはん作ってくれるし、
うちのパパより、ずーっとかっこいいよ?」
彼女が一瞬言葉を失って、それから目元をおさえた。
「ちょっと、ママ泣いちゃうじゃん……」
俺も、言葉が詰まった。
「ありがと。……それ、すごく嬉しい」
「じゃあ、けっこんするの?」
「そ、それはね……」
彼女が困ったように笑って、でも息子さんの頭を優しくなでた。
その後、帰り道。息子さんが疲れて眠ってしまった車内で、彼女がぽつりと言った。
「……あの子ね、元旦那と会った後、帰ってくると無口になるの。
でも今日は、家に着いたら、“またお兄ちゃんに会える?”って聞いてきた」
「そっか」
「私、自分の気持ちばっかり怖がってたのかも。
“この子にまた傷つかせたらどうしよう”って、そればっかり考えて……」
「それ、愛してるってことじゃん」
「……うん。でもね、あの子、ちゃんとわかってたんだね。
“ママが笑ってる方がいい”って。今日、それ言われた気がした」
俺は黙ってうなずいた。言葉にしない方が伝わることもある。
「ねぇ」
「ん?」
「私、やっぱり……ちゃんと彼女になるね」
「もう“彼女”って呼んでるけど」
「じゃあ、今日からは本当にそう、ってことで」
手を握ってきた彼女の手は、いつもより少しだけ強く、温かかった。
風がまた吹いた。
春が、確かにもうすぐそこに来ている気がした。
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