第7話 小さな手、小さな声、そして少しずつ変わる距離

日曜の昼下がり、俺は少し緊張しながら、待ち合わせのファミレスに向かった。


彼女と、その息子さん――初対面だ。


「ごめんね、いきなり。息子が“お兄ちゃん”に会いたいって言うから」


「“お兄ちゃん”?」


「うん、私がいつも電車で会ってたって話してたら、そう呼び始めちゃって(笑)」


少し照れくさそうに笑う彼女の隣に、小さな男の子がちょこんと立っていた。


「…こんにちは」


ぎこちないけど、きちんとした声だった。

俺も笑顔を作って、しゃがんで目線を合わせる。


「こんにちは。会えてうれしいよ」


手を差し出すと、彼は少し戸惑いながらも、ちいさな手を重ねてくれた。


――こういうの、慣れてなさすぎる。

でも、悪くない。むしろ、胸の奥があったかくなる感じ。


店に入って注文を済ませると、息子さんはキッズメニューのおもちゃに夢中になっていた。


「…どう?ギャップすごいでしょ」


彼女がそう言って笑う。


「たしかに。でも、なんかすごく似合ってる。お母さんの顔」


「やだ、照れるじゃん」


ふたりして笑っていると、息子さんが突然話しかけてきた。


「お兄ちゃんも、おえかきする?」


「え?いいの?」


「うん!」


キッズ用の紙とクレヨンを渡されて、俺も一緒に描いてみる。


「これは、おにぎり。これは、おはな。…これはね、おかあさん」


彼女の似顔絵を描いているのを見て、彼女が思わず泣きそうな顔をしてた。


「うちの子、ちょっと人見知りするんだけど、ここまで懐くの珍しいんだ」


「そっか。…俺も、会えてよかったよ」


食事を終え、外に出る頃には、息子さんは俺の手を自然に握っていた。


「また、あそぼうね、お兄ちゃん」


「うん、またね」


その言葉が、こんなにも嬉しいものなんだって、初めて知った。


彼女と俺は、息子さんの前ではまだ“お母さんとお兄ちゃん”のまま。

でも、心の距離は確実に、少しずつ、変わり始めていた

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