第26話 地より出でし兵士
ダンジョン深奥、ダンジョンコアの部屋。
そこで、ルトスは2体の魔物を従え、静かに立っていた。
1体は、紫黒色に輝く巨大スライム。その膨れた身体の中では、濃い紫の核が2つ体内に浮かび、定期的にぐにゃりと形を変える。名をアグ。
もう1体は、全身を黒いミスリルの鎧に包み、ハルバードを構える騎士型アンデッド。目にあたる部分には不気味な紫光が宿っている。名をマルク。
「バルート、グラザルド、揃ったな」
そう言って、ルトスはゆっくりと2体の前に立つ2人の配下に目を向けた。
バルートはいつも通り背筋を伸ばし、静かに魔力の流れを観察している。
一方、グラザルドは分厚い腕を組み、鉄仮面のような顔で新たな戦力をじっと見つめていた。
「彼らが……新戦力、でございますか?」
バルートが一歩前に出て問う。
「ああ。まずはこいつからだ」
ルトスが手をかざすと、スライム――アグがぴょこぴょこと弾むように前へ出た。
「人類侵攻用に創ったスライムだ。分裂・再生・毒・念話・知性・コア複製。あとは……物理耐性も少し盛ってある」
「……まさか、この個体が知性を?」
バルートの目が細まる。するとアグがポニョンと震え、音もなくバルートの脳内に声が響いた。
≪こんにちは。アグだよ。よろしくお願いね≫
「……これは……これは面白い」
バルートは軽く目を見開いた。
「見た目はあれだが、こいつの本質は質量戦だ。本格的に動くには時間がかかるが俺の予想通りの動きができるなら人類にとって脅威になる。」
「物量戦において、非常に有用かと」
バルートが即座に評価を下す。
続いて、ルトスがもう一方を指差した。
「そしてこいつが、魔族侵攻用。名をマルク」
リビングアーマーが重々しく一礼し、機械音のような声で語る。
≪我が主ルトス様の命に従い、敵を断ち滅ぼします≫
「魔族相手に通用する個体を意識して創った。武器はミスリル製ハルバード、魔法耐性あり。知性・念話持ち。鎧の強化と身体強化もしてある」
「……これは、単体戦闘において我らに匹敵する可能性も……」
グラザルドが珍しく呟いた。
「そのつもりで創った。マルクにはオーガを何体か率いさせたいと思っている。グラザルド、今いる20体のうち半分をこいつの指揮下においてくれないか。」
「ほぉ……我が手ずから鍛えた者どもと、共にか」
グラザルドは、マルクをまるで同じ軍の仲間を見るような目で見つめると、静かに頷いた。
「悪くない。こいつなら、我が兵たちを腐らせずに導けるやもしれぬ」
「そうか、なら任せる。マルクはすぐに動かす予定だ。初陣であの邪魔な砦を破壊してもらう。グラザルドにはまたオーガを召喚するから鍛えてやってくれ」
「承った」
ルトスは2体の魔物を見回しながら、ふっと笑った。
「……これで、こちらからの一撃が放てるな」
沈黙が広がる。
それは、戦火の狼煙であり、宣戦布告でもあった。
穴の奥に生まれし者たちが、いよいよ地上へと牙を剥く――。
***
―Side 魔族 クスマ ルディアの防壁
砦に不穏な静けさが広がっていた。
クスマはその異様さにすぐ気づいた。
――穴から、死霊兵が出てこない。
「……毎日現れていたはずだ。日没と共に現れていた奴らが、今日は沈黙か。」
副官が慎重に言葉を選ぶ。
「現在も監視はしております。しかし……これは退いたのではなく、何かの前触れで備えた方が良いかと」
「俺もそう思う。あの死霊兵たちは、何者かの指示で動いていた。ならば、奴の意図があるということだ」
そう言いながら、クスマは砦の中央塔に登った。
眼下に広がる黒き穴を見た。
死者を操り、戦力を送り続け、そして沈黙した。これは――嵐の前触れだ。
「全軍に通達。警戒態勢を最高に引き上げろ。偵察兵を前線に回せ」
「はっ」
命令が飛び、兵士たちが動き出す。
クスマはそれを見下ろしながら、口を結んだ。
(……来るな。間違いなく)
その予感は、数時間後に現実となった。
***
そして砦周辺から、音が消えた。
普段は聞こえる風も鳥も、虫の声すらない。
代わりに近づいてくるのは、規則正しい、鉄の歩調だった。
その先頭を歩くのは――漆黒の鎧に包まれた騎士。
ミスリルの鎧が月光を反射し、巨大なハルバードが血を求めて唸る。
名はマルク。
ルトスによって創造された、魔族殺しのための魔物。
その背後には十体のオーガ。
赤い肌、鍛え上げられた肉体に同じ黒鉄の鎧を纏っていた。そして従順な意思を持つ彼らが、静かに命を待つ。
《突入開始。対象、砦「ルディアの防壁」。命令は砦の破壊》
マルクの脳内に刻まれた命令が、実行に移される。
***
警鐘が鳴ったのは、その三十秒後だった。
「敵襲――!? 穴から11の影が出現!!繰り返す!穴から11の影が出現!!」
魔族の兵士達が門を完全に閉め、固定したと少し安心した瞬間、砦の門が一発で吹き飛んだ。
大部分が木製だったとはいえ、一部は金属の使われた門が砦内部に飛んできたのだ。
その影にはハルバードを振り切った人影があった。
訓練された兵士でさえ、構える間もなくなぎ倒された。
「こ、こいつらは……!!」
砦内に進入したマルクは、最短で指揮所を目指す。道中、阻む兵士はミスリルのハルバードで次々に粉砕された。
一方、オーガたちは事前の作戦通り、兵舎と物資庫を狙って破壊を始めていた。マルクが指揮所に進む一方、砦の周囲に配置された兵舎や倉庫にオーガの大群が襲いかかる。
その強靭な肉体から放たれるどこか洗礼された拳は魔族の一般兵などものともせず歩みを進めていた。
もはや砦が全壊させられるのは時間の問題だった。
(これは陽動じゃない、明確に殺意を持っている)
司令室に駆けつけた副官がクスマに叫んだ。
「隊長! あの魔物達はおかしいです!オーガなのにあの強さ!しかもあの鎧は、通常の魔物ではありません!全ての攻撃が効いていません! 部下が……!」
クスマは眉をひそめる。
「分かっている。全軍、後退!俺が時間を稼ぐ!お前はオーガの戦力を偵察、勝てないと思ったら後方の街まで退け。」
「しかし――!」
「命令だ!」
叫んだその声が砦に響いた瞬間、恐怖が彼の体を包み込んだ。その姿は、まさに死を運ぶ鎧そのものだった。
«貴様が、将か?»
マルクの低い、念話のような声が響いた。
「あぁ、この砦を指揮するクスマだ。貴様は?」
クスマは恐怖を断ち切るように剣を抜き、そう応じた。
«私はダンジョンから来たマルクと申す。早速だが死んでもらおう»
「ぬぅあああっ!」
クスマは、一瞬の逡巡ののち、真っ向から斬りかかった。
斬撃、三連。魔力を帯びた刃は鋭く、通常の魔族なら一撃で分断される威力を持つ。
しかし──
「……遅い」
マルクの動きは、寸分のブレもなかった。まるで、クスマの行動を先読みしていたかのように全ての攻撃を弾いた。一歩、踏み込み、ハルバードを下から突き上げた。
クスマはなんとか自身との間に剣を滑り込ませることに成功する。
しかし、
──ズドッ!
重い衝撃音とともに、クスマは吹き飛んだ。鎧の腹部がへこみ、呼吸が止まり、喉から血が逆流した。
「……く、っ……が……」
クスマはふらつく足で立ち上がり、即座に中距離魔法を展開。空間に魔力を詰めた雷の槍が、三本、マルクに向かって射出される。
だが──
「……無効化?」
雷の槍は、マルクの鎧に触れた瞬間弾けるように消えた。
「喰らえっ!」
クスマは自身に雷を纏わせ、自身の身体能力を上げ、瞬時にマルクの後ろに現れた剣を振り下ろした。
クスマは攻撃が当たると確信した瞬間、こちらを見ていないマルクのハルバードが剣を受け止めた。
そしてマルクが振り返りざまにハルバードを横薙ぎにした。
ゴウッと音をたてるハルバードに剣を合わせる。
しかし、バキッという嫌な感触を感じた途端クスマは浮遊感を感じ、壁に激突した。
剣がマルクの攻撃に耐えられず折れ、ハルバードの一撃が直撃した。
クスマは自身の腹部の大きな傷跡を押さえながらマルクに話しかけた。
「俺の負けだ。お前達の目的はなんだ?人類側の新たな戦力か?」
«私たちは主の命令に従うのみ。»
マルクは動けないクスマに近づき、ハルバードを振り上げながら言った。
「そうか、ぐふっ、お前らにもボスがいるんだな」
クスマは苦痛に顔を歪めながらも、どこか含みのある笑みを浮かべ、右手の腕輪に魔力を通し、魔道具を起動させた。
«貴様!!»
マルクはハルバードを瞬時に振り下ろしたが、クスマの姿はそこにはなく、光を失った腕輪と右腕だけが残されているのであった。
これを機に魔族側ではついにダンジョンという穴の名前と正体が少しづつ明らかになっていった。
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