第7話 

「んだよ、何?」


 夏樹先輩には聞こえていないらしい。どう考えても、おかしい。それに⋯⋯。


「何、これ?」


 ボクの目に映る、それの異様さに対して、夏樹先輩の反応は違和感がある。


「⋯⋯ウッ」

 

 思わずその臭いに、吐き気がこみ上げる。

 

 鼻をつく潮水と魚の腐った臭い、黒い人のようなそいつ、動きも何もかもが異常だ。身体はまるで溶けているような、それに身体のパーツのアンバランスさに、違和感を覚えずにはいられない。


 眼窩は落ち窪み闇より黒い黒。顔は身体よりでかい、手は細いビニール紐のように頼りない。お腹から下半身までは顔の半分以下片足が異様に小さく、もう片方が膨らんだ風船のようにでかい。


 なぜそれを、人のようと認識するのか。自分でもわからない。化け物。大きな足側に頻繁に重心が傾き、頭は後ろへ前へと刻々揺れる。気持ち悪い、気持ち悪い。気持ち悪い!


 夏樹先輩はそれが見えていないらしく、足元の床に目をやり、しばらくして、部屋の中を見終えて出ようとする。ボクはそれから目が離せずに、後ずさりしながら、共に部屋の外へ出た。


  

 廊下へ出ると朝陽先輩と合流し移動する。朝陽先輩いわく、いまのところ日向先輩どころか誰も見かけてない。


 ほんとなら各人が1部屋ずつ見る方がはやく済むからと夏樹先輩達が言ったたけれど、夏樹先輩とボク、朝陽先輩にわかれて部屋を見ることになった。


 

 奥の5部屋目をボクら、3部屋目を朝陽先輩。4部屋目を先に担当した部屋を済んだ方が見ることになった。


  

「おい、あんまりくっつくなよ! 歩きづらい」


 夏樹先輩に押しのけられ、半歩遅れて、びくびくしながら中を歩く。さっきの光景が焼きついて離れない。


「悠樹、どこだよ! おまえの勝ちでいいから。さっさと出てこいよ」


 夏樹先輩は、イライラしているのか、がなり立てている。




 部屋を出ると朝陽先輩は先に3部屋目を済んでいたようで、隣の部屋から出てきたところみたいだった。


「こっちいなかったです」


 夏樹先輩は朝陽先輩にそう報告した。


「こっちもいなかった」


 不機嫌なのか、それとも本来そういう性格なのか素っ気ない返事を朝陽先輩がした。

 



「先輩、3部屋目だけタンスと写真立てありましたね、前の人が置いてったんですかね?」


 ふと、階段を上がりながら、夏樹先輩がそう言った。ボクは中には入らなかったけど。


「いや、殺風景。んなもんなかったけど?」


 首をひねり、朝陽先輩がそう答える。


「いやいや。あったじゃないですか! マジックペンで黒く塗りつぶされた写真立てと、やけに古いタンスが。からかってます?」


 夏樹先輩の具体的な話がやたら気持ち悪い。それに、どちらかが、嘘をついていることになる。夏樹先輩がおかしくなったのか、朝陽先輩が嘘をついているのか。なにひとつ信用できない。そもそも夏樹先輩は、ボクのみたアレを、見えていなかったから。


「そんなものなかったけど?」


 朝陽先輩は怪訝そうに言う。

 

「ありましたって!」


 夏樹先輩が叫ぶように呟くと、朝陽先輩を押しのけ二階へ、駆け降りて行った。おそらく3部屋目へ、と向かったに違いない。


「おい、湊どうした?」


 追いかけ、ボクが下りる最中に、朝陽先輩が心配するような声が聞こえた。


 下りると、夏樹先輩が部屋のドアから出てきているところだった。

  

「絶対あったのに、あったんです。嘘なんかじゃなくてあったんですよ」


 動揺し青ざめているのが、はっきりわかる。


「わ、わかったって。それより日向だろ!」

 

 様子のおかしい夏樹先輩に、そう言って、朝陽先輩が諭すと、再び三階へと階段を上り。




 三階に踏み入れることにした。



「悠樹! どこだ?」


 夏樹先輩が声をあげた、廊下には誰もいない。


今度はボク、朝陽先輩、と夏樹先輩にわかれて部屋を探すことにした。


 1部屋目と2部屋目を夏樹先輩、3部屋目から5部屋目を朝陽先輩とボクが担当することにした。それぞれ奥から、夏樹先輩は1部屋目、ボク達は5部屋目から順番に見るそう決めた。

 


 まずは奥の5部屋目から。

 


「日向、どこだ?」

 

 朝陽先輩の後ろについて回り、探しているが相変わらず見当たらない。景色も代わり映えはしない。そもそも気配ひとつしやしない。


「日向先輩?」


 ボクも、声をふり絞って呼んでみる。悪い人ではないけど、良い人とまではいかないそんな人物だと思う。


「どこにいるんですか?」


 ここに来てから既視感がひどい、あまり気分が良くない。建物を外から見た時から変な感じがしていた。


 でも、なんとなくここに来ないといけないような気がしていたから断れなかった。


「いないですね」


 朝陽先輩に言う。

 

 朝陽先輩とはそこまで仲は良くないというか、あまり会話したこともない。夏樹先輩と日向先輩はこの人と仲が良いみたいだけど。ボクはなんとなく苦手意識があった。


 

 部屋の玄関を出て廊下へ。

 

 既視感の正体はなんなのだろうか、ボクは昔この辺りに住んでいたらしい。らしいという言い方の理由は当時のことをあまり覚えていないから。


 両親によれば、不運な事故に巻き込まれたことが、原因だとか。だから、ボクを連れて県外まで出て行くことにしたらしい。 


 

 隣の4部屋目に移動する。


 朝陽先輩がためらいもなく、さっきからドアを開けて先に中へ踏み入れていく。


「いい加減出てこい、日向」


 朝陽先輩が言って、それに続くように、ボクも声をあげる。

 

「日向先輩、帰りましょうよ」


 お父さんには、この建物に近づくなと言われている。単純に廃墟だからいつ崩れてもおかしくない、それだけしか教えてくれない。


 お父さんはいつもそうだ。肝心なことはちゃんと説明してくれない、だから母さんは出ていった。お父さんはいつだって「仕方ないんだ」というだけ。説明らしい説明はしてくれない。


「あの、ボク。トイレ見てきますね」


 そう言って小走りに向かう。


 後悔したって遅い、ばかだからこうなった。


 ──ガチャリッ。


 背後で、トイレのドアを鍵をかける音がした。ボクを、C先輩もしくは誰かが、閉じ込めた。外から。コインで閉められる古いタイプの鍵。

 

 夏樹先輩についてけばよかった。なんだろう、既視感が増して。こんなこと前にもあった、覚えている。


 ただそれがいつのことだか思い出せない。



 内側から何故か鍵を開けられない、ロックする部分が古いせいなのか、まったくだめ。ドアノブを何度も、力任せにガチャガチャしても、開く気配はしない。



 前にも似たことがあった気がして、それなのに思い出せない。スマホを出そうとポケットを手で触る。


 ──あれ? ない! いつ落とした?


 このまま気づかれずに先輩達に置いていかれてしまうかもしれない。


 ──なんでっ!?


 朝陽先輩に嫌われることなんてボクはしていない。そもそも、そんなに会話すらしたことはなかったから。日向先輩と夏樹先輩とはわりと喋ったことはあるけれど。



 それにさっきからみんなおかしい。日向先輩は突然いなくなったり、夏樹先輩は二階のある部屋で、家具をみたと言っていたけど朝陽先輩はなかったといっていた。ボクや日向先輩を、時々、朝陽先輩は探るような視線を向けていた。



 こんなとこ来なければ良かった、朝陽先輩と同行しなきゃよかった、夏樹先輩を、選んでいればよかった。夏樹先輩を疑って行動を別にしたからバチがあたったんだ。

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