第6話 

 一階最後の部屋の中へは入らなかった。さっきのことが、あったから、正直入りたくなかった。日向先輩だけが、ひとり中へ踏み入れ、夏樹先輩と朝陽先輩と、共に、壁にもたれてじっとしていた。



 

 日向先輩は集中しているのか階段まで、そそくさと、勝手に向かって歩き出して。ボクらは慌てて追いかけることにした。


「無駄じゃないか? 帰ろうぜ。噂なんて尾ひれついただけだって」


 階段を上りはじめようとする、日向先輩の背に、夏樹先輩が声をかけた。


 ボクもそう思う。きっと夏樹先輩も乗り気ではないんだろう。


「は? いやいや。むしろ、ひと泡食らわせねぇと納得なんてできないから。第一、何もなせてないじゃん」


 半身ふり返って、日向先輩がオモチャを取り上げられた時の幼児のようなトーンで言った。

 

「そうかもだけど、内申点に響くかもしんないじゃん。親呼ばれたら? さっきも言ったけど、これ不法侵入。れっきとした犯罪なんだからな!」


 夏樹先輩は、友達として、きっと心配してるんだろう。


「うっさいなぁ! 行きたくないなら、夏樹ひとりで待ってれば? とにかくおれは行くから」


 それをつんざくように日向先輩は言い返し、階段を駆け上がってしまった。


 

 夏樹先輩が、少し悩んだように、階段の前で立ち止まって。追いかけるように上り、朝陽先輩、ボクが続いて駆け上がる。


 階段の近くの廊下に夏樹先輩と日向先輩が立って会話していた。 


 夏樹先輩が日向先輩に問う。

  

「そういえば他にどんな噂が?」


 ボクはそもそもここらの噂だとかはあまり知らない。だから耳をそばだてた。

 

「あ、ああ。えっと、昔、ここでほんとに行方不明になった。事件があって、今も見つかってないとか色々」


 上の空で、日向先輩が答え、視線を這わせる。

 なるほど、だから、父さんはここに近づくなと言ったのか。


「それってヤバくないか? もしかしたら誘拐かもしれないってことだろ。まだここに誘拐犯いるのかもってことじゃん」


夏樹先輩も同じように視線をさ迷わせてから、焦りを滲ませ、夏樹先輩がもう一度話しかけた。

 

「言うて。結構、昔のことだけどな」


 隣にいたはずの朝陽先輩がいつの間にか、夏樹先輩のそばに立って低い声で呟いた。


「先輩は知ってるんですか?」


 夏樹先輩は朝陽先輩を見つめ、答えを待っているようにみえる。


「俺の通ってた小学校だと、一時期、話題になったからなぁ。結局見つからねぇしで警察の捜査も打ち切られた。だから、ここに行くのはやめろって言ったんだよ。俺は」


 その声は誰に向けられたものなんだろう。


「そうだったんですね。悠樹がすみません」


 夏樹先輩が親友である日向先輩に代わり謝った。


「まあな。ここら辺じゃ、特に絶対近づくなって、大人が子どもに。昔から口酸っぱく言い聞かさせていたしな」


 なんだろ。ずっと、さっきから子どもみたいな声がする気がして。


 ふいに、夏樹先輩はニタニタ笑ってばかにしたような表情を浮かべてくる。さっき無様に転んだからだろうか。朝陽先輩も、時々、にらんでくる。何か言いたそうな表情。


 夏樹先輩がボクを見てひそひそ日向先輩に話しかけているのが聞こえる。内容は聞き取れないけど、不快でしかない。


「帰りませんか?」


 夏樹先輩は日向先輩をよそに、朝陽先輩へそう問いかけた。話しが決裂したのだろうか?


「ん、いや。もうちょっと様子見てるわ」


 朝陽先輩が日向先輩の方を眺めてながら呟いて、黙りこんだ。


 夏樹先輩はさっきから、朝陽先輩やボクを見る目がどこか冷たい。探るような感じ。見られているだけで落ち着かない。


 日向先輩を追いかけ夏樹先輩が3つ目の部屋の方へ向かい、中へ入って行った。

 


 なんだか、時間をやけにかけている。日向先輩も夏樹先輩も中々出てこない。


 退屈だ。かといって朝陽先輩とは仲が良いわけじゃない、共通の話題があるわけもなし。



 なんだろう。物が転がる音が響き見てもなにもない。ひそひそと話す声がかすかにする、なのに、誰もいない。



 転がる音はボールの転がる音やカプセルが転がる音に似ていた。誰か小さな子がそっと転がしたみたいな感じ。


 ──ん?


 空気が少し入れ替わるような気配がした。日向先輩達かそう思って右手側をみる変化はない。気のせいか。そう思って左側に視線を向けた。


 ぬっと、奥の暗がりから人らしき影がちょうど手前の部屋のドアに手をかけた。よくみると日向先輩。なんだ、日向先輩か。そう思って胸を撫で下ろしかけた。


 ──えっ?


 よく考えて見れば何故そんなとこに日向先輩が? いつ目の前を横切って向こうへ? まるで壁の向こうから現れたそんな不気味さと、足音ひとつしなかったことに気づいた。


 人が動く時、空気の変化や音がする。しかし、しなかった。歩く最中、影は一定だった。まるで絵を動かした時のようで。


 そう思い始めたらすべてが怖くなった。


 地面に足が張りついているようで動けない。


 日向先輩(仮)は2つめの部屋に吸い込まれるように消え、その瞬間やっと体が動かせた。


 思わず声を張り上げ叫ぶ。

 

「ウワァーーッ!」 

 

 足先を階段へ向けて、転びそうになりながら、駆け下りて。がむしゃらに、玄関ホールへと走りだした。



 玄関ドアに手をかけ、何度もひいたり押してみる。ガタガタと音はするのに隙間ひとつあかない。


 ──やだ。やだ。閉じ込められた?


 そんなばかな。全然科学的じゃない。そうしていたら朝陽先輩が遅れて夏樹先輩が、息を切らしながらそばにやって来た。


「な、なに。どうした?」


「落ち着けよ。何があった?」


 夏樹先輩がきいてくる、その顔はひきつっている。


「ってか、なんで叫んだ?」


 相変わらず顔はひきつっている。


「日向先輩が⋯⋯、お、奥から出てきたから」


 夏樹先輩の表情はさらにひきつった。うまく伝えられたかはわからない。合間に朝陽先輩が同じものを見たことを告げた。


 

 3人で階段をあがって、二階へ戻ることにした。今は玄関ドアが開かないことより、日向先輩を見つけそれから考えようとなったから。ボクはひとりが怖くて、ひとりで待っているのも、ひとりで探すのもいやで。


 

 日向先輩(仮)が入るのをみた2つ目の部屋に3人一緒に呼びかける。

 

「おい、悠樹?」 


「日向先輩?」


 でも朝陽先輩は声をかけることなく、「もう3部屋目に移動したのかもな」なんて吐き捨て。その部屋のある方向へ廊下から見つめている様子。


 夏樹先輩が中へ入って行くので、ボクもくっついて一緒に向かうことにした。


「悠樹いるなら返事しろよ」


「マジでふざけんのなしだからな。聞いてんなら返信しろよー」

 

「いねぇの?」


「いい加減にしねぇと置いて帰るからな」


 夏樹先輩は次々にそう呟く。その時、子どものひそひそ声がしてそちらに目を向けた。

 

 堪らずボクは「ヒィッ」と、間抜けな悲鳴をあげた。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る