第8話 

 なんという皮肉、いや、運の巡り合わせだろうか、そう思った。気にかけていた後輩の口から、あの名前が出たこと、そしてそこへ肝試しに出かけると言い出したこと。


 放っておいてもきっと行ってしまうのだろう。それならついて行って、いつでも連れ戻せるように目を配っている方がいい、そう考えた。


 どうせ大人なんて、いざというとき頼りにならない。湊と日向は、俺のかわいい後輩だ。あの時と同じ轍は踏まない。そう心に決めてあの場所へと向かうことにした。



 見慣れない奴が待ち合わせ場所にいた。聞くと、日向のお気に入りの後輩らしいと湊が言っていた。気弱ですぐにでも逃げ出しそうな奴、それが後輩大和に対する印象だった。


 印象通り、向かう道のりでは泣き言ばかり言ってついてくる足どりは遅い。置いていかれるのはもっと嫌なのか、時々早足で追いかけてきた。正直おとなしく家に帰ればいいのに、そう思わずにはいられなかった。



 時を経ても尚、忌々しいあの場所、懐中電灯に照らし出され、見上げると、あの頃より古びていて雰囲気が増していた。


 あれからどのくらい月日を経たのだろうか?


 この場所のせいで、ここで起きた忌まわしい出来事のせいで、家族はめちゃくちゃになった。できるなら、湊達にはここに来てほしくなかった。大人に頭ごなしに、行くなと言われれば言われるほど、年頃の子は行きたくなるものだ。


 行って少し見て満足したら、飽きてすぐに帰るだろう、そう俺は考えた。所詮噂だ、都市伝説だ、なにも起きたりしない。



 壁も床も部屋の中、建物すべてが劣化してる。ガラの悪い連中が侵入したんだろう、あちこちにごみが散らばっていたり、稚拙な落書きが刻まれていた。


 周りのことを気にかけず日向が、先々、歩き進んでいく。だから、だ。4部屋目だっただろうか。毎回最後に入ってくる形になっていた後輩大和が、特に段差や物が落ちていたわけでもない場所で派手に転んだ。本人はなんでもないと言ってすぐに起き上がったけれど、やせ我慢だ。


 日向は撮影に夢中になっているのか、散策に夢中になっているのか、ともかくそんなことなど気にも止めていないという感じだった。そろそろ誰かが大怪我してもおかしくない止めなければ、そう思い始めていた。


 

 俺の考えは甘かった。中へ入ってから日向は意気揚々と一階を見終わっても、まだだと言って飽きたらないと楽しんでいる。もういいんじゃないかと湊が窘めても、日向は二階へとさっさと消えた。



 日向が先に二階へと上がってしまった、仕方なく湊、俺、遅れて大和が追いかけるように上がった。大和は泣き言を言うのも疲れたのか、それとも転んで痛いのか無言。



「そういえば他にどんな噂が?」


 湊が日向に問いかけていた。


「あ、ああ。えっと、昔、ここでほんとに行方不明になった。事件があって、今も見つかってないとか色々」


 日向の口から聞きたくない、忌まわしい過去のことが吐いてでた。なんとも思っていなさそうにそう言い二階を見渡している。


「それってヤバくないか? もしかしたら誘拐かもしれないってことだろ。まだここに誘拐犯いるのかもってことじゃん」


 湊が慌てたようにそう言う。

 

「言うて。結構、昔のことだけどな」


 つい、俺は答えた。忌まわしいという気持ちが勝って、不愉快な気分。


「先輩は知ってるんですか?」


 湊が様子を窺うように問いかけてくる、どうやら、不愉快さが態度に出てしまっていたらしい。


「俺の通ってた、小学校じゃ一時期話題になったからなぁ。結局、見つからなかったし、警察の捜査も打ち切られた。だから、ここに行くのはやめろって言ったんだ」


 日向の背中をにらみながら呟く、苛立たしくて地面を蹴った。そういえば、俺と湊達は小中学校の学区が違うから知らなくて当然だ。これは八つ当たりだなと反省する。


「そうだったんですね。悠樹がすみません」


 湊が何故か謝る。俺はどうやら気をつかわせてしまったらしい。


「まあな。ここら辺じゃ、昔から子どもは特に絶対近づくなって、大人に口酸っぱく言い聞かされてたから」


 そう、俺達の時はそう言い聞かされ続けた、でも、こいつらは高校に上がってから聞いたんだろう。責めるのは間違いだ。



 そのあとから、湊が急にあちこちに視線を這わせたり、振り返ったりと落ち着かない様子。



 湊が、日向と何かひそひそと話して、こちらへ向いた。


「帰りませんか?」


 湊は後ろにいる俺にそう言った。


「ん、いや。もうちょい見てからにする」


 そう返して俺は日向の様子を窺う。ここに来てから、湊もそうだが日向も様子がおかしい。何かにとりつかれたみたいに日向は夢中になっている。

 

 ふと誰かを思い出す。あいつと日向が重なってしまう。だから、正しくない感情が心の奥底で確かにくすぶりはじめている。


 

 日向が単独で3部屋目に入っていった。少しして苛立たしそうに湊が中へ消えた。俺と大和は階段の前でその間待っていた。時々、湊の声らしきものが響いている以外は無言。


 

 ふと、扉の開く音がしてその方角をみた、大和も横で同じように見ているのがなんとなくわかった。そこには無表情の日向がいた。湊が日向を追いかけ、入っていくのを俺達が見たのとは反対側の奥の部屋。


「⋯⋯は?」


 思考が一瞬、固まった。


 そして、無表情の日向が隣の部屋へ入って行くのが見えた。


「ウワァーーッ!」


 横にいた大和が、悲鳴をあげ、もつれながら駆け出した。


「な、何。どうした?」


 3部屋目を出てきた湊が、大和に声をかけ戸惑った表情。その声で大和の混乱が増してしまったみたいだ、大和はそのまま階段を駆け下りる。つられて俺もそのあとを追いかける。

 

 意味がわからない。なんだこれは?


 何が起きている?


 後ろから湊が追いかけてくるのを感じつつとりあえず大和の方を追いかけた。


 大和が玄関扉をガンガンと引っ張り喚いている、俺も正直わけがわからない何が起きているのか。


「落ち着けよ。何があった?」


 やっと追いついた湊が大和へ声をかける。大和はそのままべそをかいて、再度扉を何度も開けようとしている。少しだけ揺れはするけどどうにも開かないらしい。


 開かない? 何故?


「ってかさ。なんで叫んだ?」


 状況の理解が出来ていない、湊が大和に問いかける。そうだ、俺も一度落ち着け。


 大和がやっと湊を見て口を開いた。


「日向先輩が奥から出てきた」


 大和がたどたどしく説明して湊が状況を把握する。湊はほんとかどうか疑っている様子、俺も同じものを見たことを補足する。もちろん勘違いの可能性もあると。


 玄関扉が開かないことは、一度保留にすることにした。


 二階へ3人で戻って、俺達が見た2部屋目を開けて。


「おい、悠樹?」


 湊が震えたような声でそう中へ声をかけた。返答はない。

 

「もう3部屋目に移動したのかもな」


 そう口にして、俺は3部屋目を視界に入れる。湊と大和が中へ入って探すことになった。


 外で大和は待ってればと俺達は言ったがよほど怖かったのか湊と共に行動することに決めたらしい。


 扉の前で俺はひとり待つ、その間、廊下は俺以外誰もいない。中から時々湊の声らしいくぐもった声が聞こえた。一瞬小さな悲鳴が聞こえた気がした。


 戻ってきた湊達、特に大和の顔色は青ざめているように思えた。湊は特に何もなかったと言っているし、むしろ廊下に誰か通ってなかったかと俺に聞いてきたから、いなかったとだけ返した。


 

 


 


 

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