第2話 

 5部屋目。


 つまり、一階最後の部屋も、たいしたことなかった。僕らは、飽きていて、壁に並んで立って待ってた。ほぼほぼ、悠樹がひとりで散策、特に何もなかったらしい。


 悠樹が無言で階段まで先導するように歩く。


「無駄じゃないか? 帰ろうぜ。噂なんて尾ひれついただけだって」


 あまり遅くなると親もうるさい、というよりも、学校の教師から、なにか、ぐちぐち言われるのが嫌だった。


 僕は独り暮らしをしているから、直接、親から怒られることはないけど。悠樹は親と暮らしてるし、大和も親の都合で親戚の家に、身を寄せ暮らしてるらしい。朝陽先輩はともかくとして、教師にバレたらおかんむりを食らうことだろう。


「は? いやいや。むしろ、ひと泡食らわせねぇと納得なんてできないから。第一、何もなせてないじゃん」


 片足を階段に乗せ、ふり返った悠樹が、僕の言うことが意味不明だ。とでも言いたげに、不満そうな顔をして答えた。


「そうかもだけど、内申点に響くかもしんないじゃん。親呼ばれたら? さっきも言ったけど、これ不法侵入。れっきとした犯罪なんだからな!」


 それに、もし腐ってたりして、床でも抜けたら、大怪我するかもしれない。笑いごとでは済まないだろう。


「うっさいなぁ! 行きたくないなら、湊ひとりで待ってれば? とにかくおれは行くから」


 ひとりで待ってるのが嫌だったわけじゃない、親友を放っておいて、何かあったら嫌だったから。



 

 悠樹のあとを追いかけ二階へ上がった。大和も朝陽先輩も普通についてきた。


 意外だと思った、朝陽先輩はともかく、大和は怖がりで臆病だし、こういうのを嫌がるから。今回が始めてじゃない、前にも悠樹に無理やり付き合わされるはめになって、泣いて逃げ出そうとしていたからだ。


 大和らしくないなと思った。悠樹の忙しなさに、僕はそれどころではなかったから、一瞬そう思ってすぐに忘れた。


「そういえば他にどんな噂が?」


 そういえば、詳しいことをきいてない。いつもなら、悠樹は、率先して自慢げに話したがるのに。


 この時、妙だなと思った。


「あ、ああ。えっと、昔、ここでほんとに行方不明になった。事件があって、今も見つかってないとか色々」


 悠樹は自慢するでもなく、呟いて、二階を見渡している。こんなに、なんとも思ってなさそうにしている悠樹は珍しい。


 心ここにあらず、そんな、印象を返事から感じる。


 僕の目には、ほとんど、一階と変わらないようにみえる。



「それってヤバくないか? もしかしたら誘拐かもしれないってことだろ。まだここに誘拐犯いるのかもってことじゃん」


 つられるように見渡しながら、問題について言及する。 


「言うて。結構、昔のことだけどな」


 そう答えたのは悠樹ではなく、朝陽先輩だった。


 表情はどこか硬い。いつもの優しげな表情はない。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。


「朝陽先輩は知ってるんですか?」


 ここに来てから、朝陽先輩と悠樹の様子は、なんだかおかしい。その答えはここにあるのかも。


「俺の通ってた、小学校じゃ、一時期、話題になったからなぁ。結局、見つからなかったし、警察の捜査も打ち切られた。だから、ここに行くのはやめろって言ったんだ」


 悠樹の背中をにらみながら呟いて、地面を蹴った。朝陽先輩と僕らの通ってた小中学校は別。高校からの付き合い。



 朝陽先輩は、普段、優しいし、面倒見が良い。いつもは、僕のことを兄弟みたいに可愛がってくれる。

 

 ただ朝陽先輩が家族とうまくいってないらしいことを僕は知ってる、何故かまでは知らないけど。何度か遊びに行ったことがある。意外と学校から近いからだ。

 

「そうだったんですね。悠樹がすみません」


「まあな。ここら辺じゃ、昔から子どもは特に絶対近づくなって、大人に口酸っぱく言い聞かされてたから」


 ──コツッコツッ。コツッコツッ。


 その時、小さな足音が。上から響くのが聞こえた。すぐに聞こえなくなった。


 気のせいなのか、それとも、動物かなにかの足音なのか。それとも、同じように、噂を聞いてやってきた、誰かの足音なのか。


 それなのに、悠樹は部屋を散策していて、まったく、聞こえていなかったらしい。そのあとも、時々、視線が刺さるような感覚を覚えていた。


 毎回、その時、大和が背後から少し離れた位置に立っていた。無表情で見つめているその目に、気味悪さを僕は感じていた。


「なんか大和おかしくないか?」


「そうか? いつも、ビィービィー泣いてるか、諦めておとなしくしてるかだろ」


 悠樹に話しかけても、そう返されるのみ。というより、悠樹は僕らのことを、あまり気に止めていないような気がする。


「帰りませんか?」


 後ろにいる朝陽先輩に問いかける。


 きっと、朝陽先輩なら、そうだなと返すと信じていたから。まともでしっかりしている人だ。


「ん、いや。もうちょい見てからにする」


 そう呟いて、悠樹の様子を遠目に見ている。見ているというには、やわらかなものではなかった。その目は何か探りを入れているもの、そう思えるものだった。冷たくて憎しみに似たような。


 いつもと違う。


 朝陽先輩は、悠樹にそこまで悪感情を持っていないと、普段の態度から、僕は思っていた。事実、今までそんな態度をとったことはない。


 ここに来てから何かがおかしい。


 悠樹も大和も朝陽先輩も、みんな不自然。普段と様子や態度が違う。もしかすると、自覚がないだけで僕もおかしいのかもしれない。


 そうだとしても別に構わない。

 

 どうせ、家に居場所はない。独り暮らしさせてもらえただけマシだけど。両親と暮らしていた時、家には居場所なんてなかった。冷たい食事、会話のない生活。なにひとつ、世間のいう仲の良い家族像からは程遠いものだった。


 だから、せめてもの反抗心からこんなことをしてる。馬鹿げている自覚はあって、両親は僕に関心がまるでない。朝陽先輩が唯一、僕を実の弟のように接してくれた、親友の悠樹は家に呼んでくれた。


「悠樹、全部見ていくつもり?」


 何か探しているようなそんな様子が気にかかる、おふざけや肝試しは今に始まったことじゃないけど。ここまで躍起になっているのは悠樹らしくない。


 3部屋目を入っていた、悠樹のあとを追いかけ、中に踏み入れて声をかける。どうせ僕がいなくなっても困らないけど、悠樹には心配する家族がいる。いい加減帰ろう、そう言って帰るつもりだった。


 部屋の中に踏み入れ。悠樹を探す、トイレと浴室以外の部屋はないから、探すほど、手間はかからないはずだった。


「悠樹?」


 返事は返ってこない、誰もいない、気配ひとつもない。


「隠れてんの? そんなに暇ないんだけど!」


 大声を張り上げて悠樹を探す。


 懐中電灯には、埃がちらつくのみで、他には何も映らない。足を踏み出す度、ジャリジャリ、とした感覚が靴ごしに伝わってくる。


 この部屋には他の部屋と違い、何故かタンスのようなものが残っていた。今にも崩れそうなほど古い。そのタンスの上には写真立てが置かれていた、マジックペンか何かで真っ黒に塗りつぶされていることを除けば、なんの変哲もない代物。


 無視して部屋を散策し、悠樹を探す。トイレと浴室はいなかった、これ以上探す場所はない。いくらなんでもおふざけが過ぎる。


「悠樹、いい加減にしろよ? 驚かせるつもりならさっさと出てこいって!」


 不安になってさらに声を張り上げてみる。

 

 ──コツッコツッ。コツッコツッ。


 上からだろうか? 

 

 足音が響く。


 悠樹が二階を散策してる間、僕らはずっと階段の前にいた。だから、悠樹が三階に行けるはずなんてない。


 それに足音から察するに、歩幅が小さすぎる、子どもっぽい。だからか、不安が膨らむ。


 ──単に小動物が? 


 そう結論づけ、悠樹を探し続けてみる。


 隠れられる場所なんてないのに、どうして悠樹を、僕は見つけられないのだろうか?


 ムカついてきた、スマホを取り出し電話をかけようとしていた。


「ウワァーーッ!」


 部屋の外から大和の叫ぶ声がして。慌てて部屋を飛び出した、そちらをみるために。

 


  

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