ヒトクウイエ

はすみらいと

第1章 学生と都市伝説

廃墟 in 男子高校生

第1話 

「これ、どう? 面白そうじゃね?」

 

 なんて昼休みに言い出したのは悠樹だった。


 スマホに映るグループチャットの画面には、『人喰う家』という噂、についての話題で盛り上がっていた。僕も詳しいことは知らない、耳にしたことは何度かあった。


「ふぅん?」

 

 興味半分に返す返事に反して、悠樹ゆうきはひとり興奮している。


「おれ、これ前から気になってたんだよなぁ。知ってるだろ? ここ入ったら、行方不明になるって噂っ!」


 悠樹は僕の反応など気にも止めていない。いつもこうだ、仕方ない。こうなったら一緒に行く選択肢しかない、なんだかんだ、親友としてそれなりの付き合いだ。


「それより昼メシ。さっさと食わねぇと、休み時間終わんぞ?」


 そう言ったのに悠樹はそっちのけに、嬉々として教室を飛び出しどっかへ消えた。それから戻ってきたのは、休み時間が終わるギリギリだった。



  

 結局、馬鹿みたいに巻き込まれた、あわれな後輩の大和やまとと、やたら面倒見のいい朝陽あさひ先輩、僕、悠樹の4人で向かうことになった。





「なあ、マジで行くわけ?」


 ひとり先頭を歩く悠樹の背中に問いかけた。どうにもこの辺は、人通りが少ないし、街灯が少ないのか道が暗くて危ない。雰囲気は十二分。


「マジだけど。何、みなとはびびってんの?」


 言っておくけど、びびってるのはどうみても後輩Fだろ。悠樹に無理やり付き合わされるはめになったわけだ。昼休みどこに行っていたのかと言えば、後輩である大和のいる教室だったらしい。


「いやいや、そうじゃないし、不法侵入って犯罪だろ。というか大和はつい最近転校してきた一年だよな。連れ回していいのかよ? 先生にバレたらヤバいだろっ! 普通に」


 悠樹はどうやら、転校生で後輩の大和を気に入ったらしい。何かにつけて連れて回している。正直、本人はどうみても迷惑しているようにみえる。先輩である悠樹に言われたら断れないんだと思う。


 最後尾を大和がなんとかついてきてる形。僕のすぐ、後ろを朝陽先輩が歩いていた。面倒見がいい朝陽先輩は、悠樹の話を聞いて俺も連れてけと言ってついてきた。何か僕達にあったら困るかららしい。


 じゃあ止めろよと思ったけど、それは内緒。



 

 奥ばって、パッと見は見つけられない位置に噂の『人喰う家』があった。

 

「うへぇー。雰囲気ありまくり」


 見上げて最初に口からこぼれた感想だ。

 先に着いた、悠樹が懐中電灯のライトをあてたその廃墟は、外観からすでに古びていた。


「⋯⋯帰りましょうよ」


 最初はそう泣き言を言っていた、大和も雰囲気に呑まれたのか、おし黙って眺めているだけ。


「何かヤバくなったら、すぐ帰るって約束、絶対守れよ?」


 朝陽先輩が悠樹に念を押している。

 

 なにがなんでも行くと悠樹が聞かなかったから。朝陽先輩はそれなら俺も連れてけ、ヤバくなったら、絶対にすぐ帰ることという約束を悠樹に取りつけたからだ。


 建物がもう長いこと使われていないことは見ればわかる、汚れていて周りにもゴミやガラスの破片が落ちているからだ、たぶん管理すらされてはいないのだろう。


「よしっ、行くぞ」


 悠樹が自分自身を奮い立たせるように言って、先にドアを開けて中へ踏み入った。



 

 遅れて、僕達も続いて入ることにした。中を照らす灯りは懐中電灯のみだ。頼りないこと、この上ない。


 ざっと見渡してみる。

  

 コンクリートの床、塗装の剥がれた壁。入ってすぐは、玄関ホールなのか少しひらけていて、なにもない。廊下が左右に続いていて、正面には無機質な階段。


 壁の片側、つまり正面側にだけ横一列に部屋が並んであって、反対側は壁と窓が横一列に並んでいるらしい。


 外観から見た印象から、考えるとそこまで高くはない、せいぜい3階前後ほどしかないだろう。

 

「あのさ、どっから見るつもりだよ?」


 先に入っていた、悠樹に問いかける。


 そもそも言い出したのはこいつだ。僕達は仕方ないから付き合っている、というか付き合わされるはめになっていた。


 換気できていないんだろう。空気がどんよりしていて、埃っぽい。窓も汚れていて、中から外はほとんど見えなさそうに思える。いかに放置されてたのかがよくわかる。


「左からってよく言うし、とりあえず左から見てこうぜ。ちょっと待ってくれ」


 そう言って、悠樹がスマホを取り出し、動画をとり始めた。別にSNSにあげるわけじゃない、いつもこうやって行ってきた証拠と言う。


 嘘だと決めつけられるのが、嫌で本人が張り合っているだけだ。そう言う難癖をつけたがるやつは何処にでもいる。


「よしっ。行くか。んじゃあ、奥からなー」


 先人をきって悠樹、僕、朝陽先輩、大和。

 特に決めたわけでもないが順番はいつの間にかそうなっていた。壁のあちこちに落書き、床にはアルコールとおぼしき缶やゴミが転がっている。


 マナーを守るような人間はもういない場所と、いうことなんだろう。今までにもこういう類いの場所に行ったことはあるけど、それにしても酷いものだ。


「開けるぞー」


 僕らに言ってるのか、動画そのものに対して宣言したのかわからないけど。そう言って、悠樹が奥の部屋の扉を開けた。


 何の引っかかりもなく簡単に開いた、鍵がそもそもかけられずに放置したのか壊されたのか、どちらにしてもあまり良いとは言えない。


「マンションだったのかな」


 僕はどうでもいい感想を呟いた。どうせ、土足でも良いだろう、むしろ脱いで歩くのは危ない。土足で部屋の中を歩き回る。


 いつまで使われていたんだろうか?


 汚い玄関。何も家具のない部屋。くすんで塗装の剥がれた壁た床。


 汚れてなにも見えないベランダの窓。錆びついているのか、まったく開きそうにはなかった。


 トイレと浴槽は長いこと放置されてたようで、泥のような色をしている。トイレも浴室もなにもない。洗面所には、汚れてなにも見えない鏡のついた洗面台があるだけ。


 部屋に仕切りはない、ワンルームマンションだったのかもしれない。


 部屋を出て、隣の部屋に入るも、代わり映えはあまりしなかった。ほとんど、同じ間取りの部屋らしい。強いて言うなら、鏡が割れていた程度。ただ、鏡の破片はどうしてか、落ちていなかった。


 床にはたばこの吸殻がポツリとあるだけ。


 部屋を出て、階段を通りすぎ次の部屋へ向かうことにした。大和は静かになって、朝陽先輩は考えこむような顔をしていて、悠樹だけがはしゃいでいる状況だった。


「なあ、なんもなくね? 帰ろうぜ」


 3部屋見ても、特に変わらない見飽きた景色ばかりで飽き始めていた、僕はそう呟いた。


「もうちょっと、見ようぜ。まだ途中じゃん、半端過ぎだしさ」


 悠樹がそう言うから、仕方ないと僕も諦めて再開する。ただ、何故か4部屋目は金具が錆びていたのか開きづらく、何度も引っ張ってやっとこさ開いた。


「なんか面白れぇの、ねえのか?」


 悠樹が退屈そうに呟いた。朝陽先輩と大和が遅れて入って来た。かと思えば大和がなんもない場所で、ずてんっと転んだ。


「おい、大丈夫か?」

 

 朝陽先輩が先に、大和にかけより起こし、僕もあとからかけよった。なにもないのに、明らかに不自然な転び方をしたからだ。


 悠樹は周りを見てないのか無反応だった。


「えっと⋯⋯いや。なんでもないです。ごめんなさい」


 恥ずかしそうに言って、普通に歩き出したからそれ以上なにも言えなかった。大怪我だったら、僕らは無理やりにでも、悠樹に帰ろうと言い出したに違いない。でも、すり傷程度だったから言わなかった。


 

 今思えばさっさとそうすべきだったに違いない。そもそも、行こうなどと思うべきじゃなかった。悠樹を殴ってでも止めるか、放っておけば良かった。 

 

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