第2話 ふたりの時間
折角の休日だというのにも関わらず早くに目が覚めてしまった。
昨夜は寝付きが悪く、あまり寝た気がしなかったのだが無理に身体を起こして顔を洗った。
しばらくすると父親が起きてきた。
「いつもなら昼まで寝てるのに今日は随分と早起きだな、あぁ彼女さんが来るって母さんが言ってたか」
「ただのクラスメイトだ」
別に休日全て昼の時間まで寝ている訳ではない、それに遅くまで勉強をしているからであって、いつもゲームばかりという事も無いし...。
そして足早に自室へと戻り、少しばかり散らかった荷物の片付けを始めた。
「ふぅ」
一段落付き、時計を確認するといつも起きる時間...ではなく、お昼ごはんの時間になっていた。すぐに母親に呼ばれリビングへと向かう。
今この家には母親と僕の二人しか居ない。父親は「接待も大切だから」といってゴルフに出てしまった。
「それで、その子は何時頃に来るの?」
「...教えない」
黙々とそうめんを食べ続ける。
母親が先に食べ終わり、荷物を持って出かけようとしていた。
「え?今日出かけるって言ってたっけ?」
「少しお買い物があるの、あなた達二人になるけど、変なことしちゃダメよ」
啜っていたそうめんを吹き出した。
「しないよ!」
そして何か呟きながら母親は出ていった。
よかった、これなら変に詮索されることもないし、紹介して!なんて言われることもなくなった。ホッとして残りのそうめんを食べ切った。
いや、待てよ?ブラックボックスの方が怪しまれるのか?と、新たな不安がよぎったタイミングで呼び鈴が鳴る。
彼女を招き入れ、勉強を始めてはや数分...
「私に東大は厳しいみたい」
「あれ本気だったの...?」
進捗はとてもじゃないが良いとは言えない状況になっていた。
そもそも、ほとんど接点のないクラスメイトと何故自宅で勉強をしているのだろうか、というよりも、両親は居ないのだからリビングで勉強すればよかったのではないか。
得意なはずの数学はまともに解けない。
「ここの問二ってこの公式じゃないの?」
「それはここが分からないから、こっちの公式でやる」
「なにその公式、習ってなくない?」
「一昨日習ってたけど」
「寝てました」
課題のほぼ全てを教えながら解かせていたのだが、意外にも飲み込みはいい方で、応用なんかも正解の二歩手前まで自力で出来るようになっていた。
「飲み物持ってくる」
そういって席を外し、すぐに戻ったはずなのだが、彼女はペンを置き何かを眺めていた。
近づいて確認すると彼女は僕のアルバ厶をニヤニヤと眺めていた。
「無許可でアルバムを見るのは本当に良くないぞ」
「つい気になっちゃって」
手元からアルバムを取り上げた。その時開いていたベージが一瞬目に入り、釘付けになる。
「はーやーくー、私は今猛烈に勉強がしたいです」
「してなかったろ...」
それからは特に何事もなく、勉強会は終幕した。
「いやー、課題がこんなに早く終わったのは初めてだね、これで沢山遊べるね」
「とりあえず授業は寝ずに聞いてください」
「それは無理なお願いだね、というか、言える立場じゃないでしょ?一昨日の現国で寝てたのを知ってるよ」
「あれは仕方なかった。でも、なんで知ってるんだ?席は僕より前だろ?」
「...友達にノート見せてってお願いしてたのを見て予測した...?」
「なんで疑問形?」
オレンジ色になりかけの太陽と雲の下を二人で歩いている。
そして途中から聞こうと思っていたことを思い切って口に出す。
「小学校の時に転校ってしたことある?」
先程から鼻歌を歌いながら歩いていた軽快なステップが止まる。
「あるかもね?」
彼女は僕の数歩前を歩いていて、振り返らずにそう言った。
「ここでいいよ。ありがと」
いつの間にかあの分かれ道に着いていて、今度は振り返ってそう言った。
彼女の顔は夕日に照らされてオレンジ色に染まっていて、その目線に僕は無性に胸を熱くする。
「じゃあ、さようなら」
なんだかこの場にいるのが耐えられなくなり、踵を返す。
ゆっくりと歩きだすと、後ろから声をかけられた。
「またね!」
振り返ると、それほど離れていないのに彼女は大きく手を降っていた。
僕は手を振り返してその場をあとにする。
家に着くまで心臓は爆音を鳴らしていたのは、少し走ったからということにしておいた。
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