自転車通学やめました

烏蝿 五月

第1話 ひとりの時間

高校生の僕は今まさに自転車を漕ぎ登校しようとしている。

いつも教室に着くのは一番で、誰もいない教室に居ることが癖になっていた。

けれど特に仕事がある訳でもないので、大抵は本と向かい合うことになる。

それよりも今は風が心地よい。自転車とはとても良いものだと思う。

歩きでは感じる事のできない風、全速力で走ればあるいは...

だが疲れるのでそんな事はしたくない、それを可能にしてくれる自転車は素晴らしい。

おっといけない、このままではただの自転車マニアだと思われてしまう。

なんて考えているうちに高校へ到着してしまった、風に別れを告げて教室に向かう。

やっぱり今日も誰も居ない、実は今日は休みでしたっていうオチだとしても気づくのはだいぶ後になるだろう。

そんなこんなで今日も一日が始まっていく。


気が付けば夕方、いつも通り自転車にまたがって漕ぎ出したのだが、違和感に気づき前輪を確認すると空気が抜けていた。

いつの間にか小さな穴が空いていたのか、少なくとも乗って帰れそうにはなかった。

仕方なく押しながら歩くことにして校門から出たところで後ろから声をかけられ、重たくなった全身を動かし声の主を確認する。

それは知った顔ではあるが特に接点のない、ただのクラスメイトの女子だった。

「あれ、いつも自転車ですぐ帰っちゃうのに、明日は雪でも降るのかな?」

なんともわざとらしい茶目っ気を出しながら段々と近づいくる。

「あれ、前輪の空気抜けてない?ってことは、歩いて帰るんだ!方向一緒だし、二人で帰ろっか」

こんな経緯があって、今は二人で並んで歩いている。

「こんな季節に雪なんて降らないと思う」

「え、今ツッコむの?」

面白い教師の話から難しい課題の話、ありふれた話題で会話をしながら帰るのは、なんとも新鮮で密かに楽しいと感じていた。

しかし、楽しい時間というものは一瞬で過ぎていくもので、それぞれ別の方向ほ分かれ道

に着いてしまった。

「それじゃあ、さよなら」

別れを告げて立ち去ろうとすると、また後ろから声をかけられた。

「修理屋さんに出すなら明日の朝も徒歩だよね?いつも何時に家でてるの?」

そう聞かれて悩んでしまう。いつも自転車に乗っているので徒歩の距離感が分からないし、遅刻をしなければ別に早く登校する必要もないので何時に家を出ようかと、自分でも考えていた。

「えーっと、分からない?」

「それじゃあ困っちゃうよ。てかなんで疑問形?」

腕を組んで悩む仕草をしながら何故か近づいてくる。

「そもそもなんで時間を知りたいの?」

「一緒に登校するからじゃない?」

さもそれが当たり前かのように言うもので、「うん?」と返事のようなものをしてしまった。


翌日...

「おはよー!」

いつもと違って徒歩なので日差しが辛い、そんな朝から彼女は元気だった。

「おはよう。朝から元気だね」

「まぁ?良いことがあったら元気にもなりますよ」

「良いことって、なにがあったの?」

「秘密...」

彼女はミステリー性まで持っているのかと、妙に感心してしまった。

結局昨日と変わらないような話をしながらのんびり歩いて登校した。そのため教室に着いた頃には遅刻ギリギリで、担任からも「めずらしいな」とからかわれた。

その日一日はいつもより長く感じていた。教室の座席の関係で視界の隅に彼女が写る。

それをつい目で追ってしまって、自分は何をしているのかと頬をつねる。痛い。

「なにしてるの?自虐?」

唐突に話しかけられて変な声が出てしまい咳払いをした。

「眠かったから」

「六限に古文は辛かったよね。わかる。私記憶無いもん」

(それはそれでどうなんだ)と、思いつつ荷物を持って昇降口に向かう。


「そいえばさ、数学のテストの結果どうだった?実は意外と解けててさ、五十点満点の二十八点だったの!凄くない?東大目指そうかな」

「言わない」

「どうして?私だけ言ったのって不公平なんじゃないかな」

「勝手に言っただけでしょ、それに怒ると思う」

「怒らない」

「満点」

「...」

「怒った」

「...」

「ねぇ」

「...勉強教えて」

そして気が付けば、僕の家で勉強会をすることになっていた。

親に人が来ることを伝えると、冗談めかして「女の子?」と聞かれ、答えに渋ると何かウキウキし始めてしまった。

「違うから」と言い切っておいたがとても心配だ。

明日は休日で、午後から勉強会が始まろうとしている。

なかなか寝付けなかったのは、暑い寝苦しさのせいにしておいた。

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