第28話 『つまみ細工と、あの春の日の記憶』


マルシェ出品まであと一週間。

リビングのテーブルには、裁断済みの布と、パーツ分けされた小物用の材料が整然と並んでいた。


「ペンケース、眼鏡ケース、ポーチ……。小物もずいぶん種類が増えてきたわね」


《雑貨製作場》で取り出した和柄布は、どれも優しい発色と手ざわりの良いコットン地。

結月はひとつひとつ、端の始末を確かめながら、ふと手を止めた。


(でも、もう一つ、“わたしらしい何か”があったほうがいいかもしれない)


指先に残る絹の感触。思い出したのは、数年前――。



それは陽菜がまだ幼稚園に通っていた春のこと。

おばあちゃんのお祝いの席に招かれた結月は、和装に合わせる髪飾りを探していた。


ふらりと立ち寄った小さな和雑貨店で、

店の奥に飾られていたのが、まるで花が咲いたような繊細な「つまみ細工」のかんざしだった。


「これは、“指先で花を咲かせる”技法なのよ」

店主のおばあさんがやさしく語った言葉が、今も耳に残っている。


それを見た陽菜が「ママ、これ、きらきらしててお花みたい~!」と目を輝かせて――

その場で即決。かんざしは結月の手元に残り、今でも布箱の中にそっとしまってある。


(あの花のような飾り……そうだ、“つまみ細工”を作ってみよう)



結月は早速、《雑貨製作場》で「細工用のピンセット」「小さな布の切れ端」「のりと台座」などを選び、

テーブルの上に、小さな“花のパレット”を広げていった。


和柄のハギレから切り出した布は、梅、桜、撫子(なでしこ)、あやめ、椿――

それぞれ違う柄と色合いを組み合わせて、ひとつずつ、花のかたちへ。


ピンセットで摘み、折り、のせて、貼る。

静かな時間が流れ、やがて――手のひらに、**“指先で咲かせた小さな花”**が並んでいった。



「ママ、これ……作ったの? ほんもののお花みたい!」


「ありがとう。陽菜が昔、“お花みたい”って言ってくれたの、覚えてる?」


「えっ、あの時の? あのかんざし?」


結月は、そっと布箱を開けて見せた。中には、あの日買ったつまみ細工のかんざしが、

変わらぬ姿でおさまっていた。


「これを見て、“わたしも咲かせてみたいな”って思ったの。

今回は、マルシェに並べてみるの」


「すごい……じゃあ、ママが咲かせたお花なんだね!」



その夜。

完成したつまみ細工のアクセサリーたちは、小さなクリアケースにひとつずつおさめられ、

展示用のプレートにはこう書かれていた。


“手のひらで咲かせた和の花たち”

~Tsumami Collection~


「やさしさを、そっと添える花になれますように」


さらに、ふとした思いつきで――

ドライフルーツ用の試食パックも、《料理製作場》と《農場》の素材を組み合わせて作成。


・干し柿とレモンのミックス

・りんごと梅のスライス

・いちじくとしょうがの砂糖煮


ほんの一口分ずつ、和紙の袋に包んで用意されたその姿は、まるで小さなおみやげのようだった。



《雑貨製作場》に新たに表示されたのは:


『つまみ細工カテゴリ 開放』

『伝統布・花びらパターン図案』

『ドライフルーツ用ラッピング素材』

“ちいさな美しさを、そっとあなたへ。”

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『本の中の世界が現実に? 主婦、ちょっとだけ異世界じみた生活はじめました』 きっこ @Honey819Mastered

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