第27話 『ちいさな布が、誰かの“うれしい”になる日』


「……ねぇ、ママ。さきちゃんがね、あの“ふろしきポーチ”、毎日使ってくれてるんだって!」


「本当? それは嬉しいね」


土曜の朝、陽菜の声はひときわ弾んでいた。


「“かわいいってママにほめられた”って言ってたの。

“ふくろが優しいって、はじめて言われた!”って!」


「……優しい、って、いい言葉だね。ものに対して、そう感じてもらえるなんて」


その言葉を聞いて、結月の胸にふわりと何かが灯った。


(このやさしさ、もっといろんな人に届けられたら……)



その日の午後。

《雑貨製作場》の画面を開くと、久しぶりに“きらり”と光る通知があった。


『出品カテゴリをひらく?』

→「はい」「いいえ」


(……“いいえ”じゃないよね)


「はい」を選ぶと、画面に新しい棚が出現した。


『手づくり市・マルシェ用 タグ&ラベル・展示什器セット』

『価格帯提案・お試しパック構成』

“必要としてくれる人に、届きますように。”



翌日。

さっそく、試作品としてポーチと布包みを10点ずつ用意することにした。


デザインは、派手すぎず、でもどこかに「結月らしさ」が宿るもの。


・柔らかな手ざわりのコットン生地

・野の花や葉っぱのさりげない模様

・タグには、英語と日本語で一言メッセージを添えて


“For your everyday smile.”

(あなたの日々の笑顔のために)


展示用の木箱や、シンプルな丸缶も、すべて《雑貨製作場》で揃えた。

どこかの誰かが、ふと立ち止まり、手に取ってくれたら――それだけでいい。



そして、夜。

リビングに戻ると、涼がふとつぶやいた。


「……それ、すごくいいね。

“売ろうとしてる”感じじゃなくて、“誰かのことを想ってる”って、ちゃんと伝わってくるよ」


「ありがとう。……涼くんも、何か一緒に作ってみる?」


「えっ? 俺にもできるの、そういうの?」


「うん、例えばさ……“タグ用のメッセージ”、手書きとか、お願いしてもいい?」


涼は少し照れたように笑ってから、頷いた。


「それなら、がんばって考えてみる。俺にできる“やさしさ”で」



こうして、少しずつ――

結月の“てづくりのやさしさ”は、マルシェ出品というかたちで、誰かの日常に届けられようとしていた。

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