第20話 『ありがとうを、かたちに』


週末の午後。

陽の差すリビングで、陽菜はワクワクした顔で紙に絵を描いていた。


「ママ、これ、“ありがとうハンコ”のイメージ!見て見て!」


そこに描かれていたのは――

両手を大きくひろげて笑っている、陽菜らしき女の子の絵。

まるで「ありがとうー!」と叫んでいるようなポーズだ。


「かわいい……。この気持ち、ぜったいに伝わるよね」


結月は微笑みながら、本のページをめくり、《雑貨製作場》のハンココーナーへと意識を向けた。


すると、そこには新しい素材が現れていた。

今回は、**「彫る前から色が入ったハンコベース」**が出ている。

赤、青、黄色、ミントグリーン――明るくて元気な色ばかり。


(陽菜の絵には、きっと赤が似合う)


さっそく赤いブロックを選び、ゆっくりと彫り始める。


陽菜の描いた「手をふる笑顔の子」は、曲線が多くて、少し難しい。

でも、彫る手が自然に動いていくのを感じながら、結月は無心で仕上げた。


完成したのは、にっこり笑う女の子が手を大きく広げているスタンプ。


「できたよ」


「わー!!すごい!ほんとにそっくり!」


陽菜はぴょんっと跳ねて、インクパッドにスタンプを押す。

そしてクラフト紙のタグに、ぽんっ――。


真っ赤な“ありがとうハンコ”が、そこにくっきりと浮かび上がった。



それから結月は、ハンコに合わせた**「メッセージ付きタグ」**も作っていく。

紙の質感、角の丸み、ひもやリボンの色まで一つ一つ選んで、まるで小さな作品のように仕上げる。


タグに印刷された言葉も、やわらかいものばかり。


“You made my day.”

(あなたのおかげで、今日がすてきな日になった)


“Thanks a lot!”

(本当にありがとう!)


もちろん、全部に日本語訳を添えて。


(これはきっと、贈り物の“心の声”みたいなもの)



月曜日の朝。

陽菜は、自分で作った“ありがとうタグ”を、学校に持っていくと言い出した。


「どうしてもね、渡したいの。

このまえノート忘れちゃったとき、こっそり貸してくれた子がいて……」


「わかった。これに、ひとことだけメッセージ書いて持っていこう」


「……うんっ!」



その日の夕方。

帰宅した陽菜は、少し照れながらも、にこにことしていた。


「ママ、“すっごくかわいい!”って言ってくれた。しかも、

“どうやって作ったの?”って聞かれて、“ママといっしょにつくったの”って言ったら、うらやましがってたよ~!」


「そっかぁ……。じゃあまた、いっしょに何か作ろうね」


「うんっ!」



その夜、フリマサイトにも小さな変化があった。


ふろしきエプロンに添えた**“ありがとうタグ付きセット”**が、ゆっくりとではあるが、確実に“お気に入り登録”されていた。


中には、こんなコメントも。


“タグのハンコがすてき。誰かにプレゼントするのが楽しみになりました。”


“押されていたスタンプがすごくやさしくて、自分用に買ってしまいました。”


(“使いたい”だけじゃなくて、“もらいたい”って思ってくれるなんて)



本の中の《雑貨製作場》では、次なるページがそっと開かれた。


そこには、“カードとラッピング”の新しい項目。


リボン、和紙、紐、タグ、シール――

気持ちを包むための、ちいさくて、たしかな道具たち。


結月は、ページを見ながらそっとつぶやいた。


「次は……“包むやさしさ”を、作ってみようか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る