第19話 『ちいさなハンコと、贈るためのタグ』


新しく現れた《誰かの笑顔のために》の引き出しには、

「あなたの想いをひとつ押してみて」という言葉とともに、

半透明の袋に入った小さなブロックが入っていた。


結月は、木製の引き出しにそっと手を伸ばし、その袋を取り出す。

中には、真っ白な消しゴムのような素材と、彫刻刀のような道具。


「……これは、ハンコ……?」


ブロックの表面に手をかざすと、すうっと指先に浮かんだのは、

優しい笑顔の女の子と、リボンが舞うイラストのイメージ。


(これが“浮かぶ”ってことなのか……)


描いたこともないのに、イメージがそのまま下絵のように浮かんでくる。


試しに彫ってみると、スルスルと刃が通り、木の香りとインクの匂いがほんのり混じる。


できあがったのは――にっこり笑う小さな女の子のスタンプだった。

手紙の端に、タグの隅に、ぽん、と押せば、それだけで気持ちがふわっとやさしくなるような絵柄。


(……なんて、可愛いの)



その日の午後。

結月は便箋の端や、ぽち袋に使うタグ用の紙にスタンプを押していった。


押すたびに、少しだけ表情が違って見える。

押す強さや、インクのにじみで、ちょっとだけ笑い方が変わるのが、なんだか愛おしかった。


「これ……タグにしたら、贈り物にもっと“気持ち”が込められるね」


ハンコとセットにして、クラフト紙をくるくる丸めた“巻きタグ”も作ってみる。

好きなところにくるりと巻いて、メッセージをひとこと添えられるように。


“Thank you for today.”

(きょうも、ありがとう)


“You’re always kind.”

(あなたは、いつもやさしいね)


もちろん、下には小さく日本語訳を入れて。



夕方。

テーブルの上には、新しく作ったスタンプとタグの見本。

そこに、陽菜が帰ってくるなり、目をきらきらさせて駆け寄った。


「ママ!これ、ぜんぶ作ったの?」


「うん、新しい“誰かの笑顔のため”の雑貨だよ。

タグっていうのは、贈りものにちょっと添える“ひとことカード”みたいなものなの」


「わたしもやってみたい!おともだちのプレゼントに、これ使いたい!」


「いいね、陽菜はどんなメッセージを添える?」


「うーんと……“いつもいっしょにいてくれてありがとう!”って!」


「じゃあ、今度はそれ用のハンコを作ってみようか。

陽菜が思ってる“ありがとうの形”って、どんな顔?」


「うーん……にこーってして、手をぶんぶんふってるかんじ!」



その夜、結月はノートに静かにメモを書いた。


□ ハンコのテーマ:「ありがとう」「がんばったね」「だいすき」

□ 紙タグと巻きタグ、クラフト紙・リネン紙の組み合わせ案

□ 陽菜の“ありがとうハンコ”試作


ページを閉じると、隣の棚がほのかに光を帯びていた。


そこには、こう書かれたタグが増えていた。


“Message Stamp & Tag”

(メッセージスタンプとタグ)


やがて、この小さな雑貨たちは、

誰かの気持ちをやさしく包み、伝える道具になるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る