「あちら側」へ

《ここまでの話》

喫茶Paradisoから姿を消した黒猫レヴナントを探していると、今度は飼い主のサキがいなくなった。

黒人の、声帯が無い、ろう者の霊能力者のおばあさん「ミセス・ウィークエンド」は、サキは生霊に憑かれていて、「向こうの世界」に連れて行かれたという。

“つながり”で出来たこの世界の裏側には、もうひとつの世界がある。

“つながり”を失ったものがたどり着く世界。

ツムギはケイと共にサキを追って、その世界を目指す。


主な登場人物

・ツムギ(私) 

Y市の高校一年生。新作ゲームにうつつを抜かし、年末の中間テストで散々な結果を残した。

・ケイ(長良 景子)

Y市の高校一年生。「私」のクラスメイト。くせ毛気味の黒髪ショートヘア。ちっこい。いつもやる気の無いジト目と平坦な声をしていて、何を考えているのか分かりづらい。“誤ったつながり”が見え、ミセス・ウィークエンドの下でアルバイトをしている。

・サキ

Y市の高校一年生。「私」たちのひとつ隣のクラス。良く下校時に二人に置いていかれる。長い金髪をポニーテールにしている。スラッとしていて、朗らかな笑顔と目の持ち主でクラスの人気者。喫茶店Paradisoの店主の娘で、忙しい時は店の手伝いをする。喫茶店で黒猫レヴナントを飼っている。絶賛、行方不明中。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 9時55分。私たちは歩道橋から数分歩いた地点、YC駅前ビルの跡地の傍にたどり着いた。

 献花やお供え物が、敷地を囲うフェンスの足元に置いてある。数日前ここに来た時とほとんど同じ光景。

 周囲の歩道では人々が行き交い、背後にある大きなY字路では、大小様々な車が音を立て、列を成しながら動いている。

 さっきより遠くになったストリート・ミュージシャンの歌声とギターの音色が、往来の雑多な音に混じって僅かに聞こえてきた。


 私の隣でフェンスに向かってジト目を投げかけるケイが、やがて口を開いた。

「ここから“向こうの世界”に入る。準備は良い?」

 私は唾を呑みながら頷いた。首の根本に力が入りすぎている。およそロボのような動作だった。その様子を見たケイが笑いを堪えながら言った。

「それじゃ……手順を……説明――するから(ここで彼女はこほんと咳払いをした)。このメモ紙の通りにやって」

 ケイが小さなメモ紙を渡してきた。そこには雑な、走り書き一歩手前の字でこんな事が書いてあった。


 あちらの世界へ行くバグ技(データ破損の恐れあり! 自己責任でお願いします!)

①YC駅前ビルの歩道橋下にある電話ボックスに入る。

②受話器を取って、自分のスマホに電話をかける。

③受話器を耳に当てたまま、6コール目で自分のスマホに出る。

④スマホに向かって「今何時ですか?」と訊ねる。

⑤6秒後にスマホ側から電話を切る。

⑥電話を切った後、「ツーツー」という音を6回聞いてから受話器を元の位置に戻す。

⑦電話ボックスから出る。

⑧地上と歩道橋を繋ぐエレベーターに乗り、地階→上階→地階の順に乗ったまま移動する。

⑨再び電話ボックスに入り、自分のスマホに電話をかける。

⑩6コール目でスマホに出る。

⑪受話器を耳に当てながら、スマホで「10時1X分です」という。Xの値は現在時刻でOK

⑫受話器を置いて、5秒後に目を閉じながら電話ボックスを出る。

⑬ウラ技成功!


「……これ本当にしなきゃダメ?」

 メモ紙を読み終えた私は顔を上げ、少し呆れてそう言った。

「なんかヤダ」

 私が駄々をこねるとケイが「ダメ」と即座に物申す。

……他の方法はなかったのだろうか。まあいいや。しょうがない。


 私は諦め半分で早速、背後にある歩道橋下の電話ボックスに歩いていく。その途中でケイが「お~い、ちょっとちょっと」と声を上げた。

 私が立ち止まって振り返ると、彼女はため息をついて警告を発した。

。これから注意点伝えるから。それからじゃん。その後にやってよ」

「すみませんでした……」

 私が謝ると、彼女は姿勢を正してレクチャーを始めた。相変わらずの気だるそうな調子で。


「はい、ルールその1。“向こうの世界”に行くって事は、と“誤ってつながる”って事。

 平たく言うと、わたしたちは今から間違った事をする。わたしたちが向こうに行くってことは、“間違った事”。それ、忘れないようにして」

 ケイは私が頷くのを確認してから続きを話した。

「で、ルールその2。向こうに行ったらしばらく動かないこと。わたしがツムギの後からすぐ追っかけるから。わたしが来るまで、その場から動かないで」

 私が「分かった」と返事すると、ケイが「よろしい」と得意げに咳払いをした。

「最後、ルールその3。“向こうの世界“に行ったら、多分このビルがまだ建ってるはず。何でかは知らないし、聞かないで。そういう物だから。

 んで、その中に入ってサキを探す。けどわたしとはぐれないで。絶対。もしわたしが別行動を取ろうとしたら、その時は割との時だと思って」

?」

「――まあ、ルールその3は念の為だよ」

 何か含みのある言い方だった。言外の意図を感じる。それとは別にひとつの疑問が湧いた。

「もしピンチになったら、私はどうすればいい?」

 私が質問すると、ケイは首を横に振った。

「ソッコー帰還。リタイアして」

「でもサキちゃんが――」

 私が食い下がると、彼女は珍しく強めの口調で「ダメ」と遮った。

「とにかくダメ。そうなったら中止。後はわたしが何とかする」

「……分かった。でもどうやってリタイアすればいいの?」

 私がそう訊ねると、ケイが一枚のコインを手渡してきた。不思議に思ってそれを指でつまんで眺めていると、ケイが言った。

「これを上に向かって指で勢いよく弾いて。それから落っこちてくるコインを手のひらで受け止める。そしたら、入ってきた場所から"こっちの世界”に戻ってこれる。

 表がこの『ミセス・ウィークエンドの満面の笑み』で、ウラは『両手でメタルポーズをキメるミセス・ウィークエンド』

“向こうの世界”では必ず表が出る。“こっちの世界”では必ず裏が出る。帰還用アイテム」

 私が試しにコインを指で弾くと、裏が出た。何度やっても同じだった。不気味だった。

「なんかヤダ」

 私が苦言を呈すと、ケイは「我慢しなさい」と言い捨てた。私は無理やり納得した。


 私がコインの表裏をじろじろ眺めて、トリックが隠されているに違いないと怪しんでいると、ケイが「念の為言っておくよ」と告げた。私は彼女に顔を向ける。

「さっきツムギがリタイアしたらわたしが何とかする、って言ったけどさ――ジッサイ出来ないんだよね、それ」

「どういう事?」

「ミセス・ウィークエンドが言ってた。サキを見つけるのはツムギにしか出来ないって」

「え、なんで?」

 私はひどく動揺した。ケイは話を続けた。

「分からなくていいよ。ただ、そういうものなんだって知ってれば良い」

「はあ」

「実を言うとさ、わたしも良く分かってないんだ。向こうの事も"つながり”の事も、そこまでちゃんと理解してない。たださ――」

 彼女は言葉を切った。

「ツムギにはそういう力があるんだって」

「ちから?」

「そ。ミセス・ウィークエンドは"誤ってつながる”力を持ってる。同時にその"誤ったつながり”をある程度、あーだこーだ出来る力も持ってる。

 わたしにあるのは“誤ったつながり”を見つける力。それだけ。で、ツムギには――」

 また言葉が途切れた。ケイは私をまっすぐ見つめた。気だるそうなジト目に、僅かな力強さが混ざっていた。

「――"つながり”を紡ぐ才能があるんだってさ」

 私は言葉を失った。自分に突如として告げられた才能。ずば抜けた計算能力とか統率能力とか、そういう現実的な才能が欲しかったよ、と私が思っていると、ケイがニヤリと笑った。

「“正しいつながり”も“誤ったつながり“もひっくるめて、“正しく紡ぐ”。その才能がツムギにはあるんだってさ。ね? 意味分かんないでしょ?」

「確かに」と私は困惑しながら相槌を打った。

「二人のと比べて全然、具体的じゃない」

「そのとーり」

 ケイが言った。

「でもさ。そんなだからサキを探し出せるのはツムギだけ。あのばあさんじゃなく、わたしでもなく、ツムギにしか出来ないこと」

 名は体を現す――昨日ミセス・ウィークエンドと会って話をした時、彼女が最後にそうメッセージを送ってきた事を思い出した。

 ケイは諭すように口を開いた。

「だからわたし一人じゃムリ。ツムギがリタイヤしないように、わたしが何とかする。ツムギが上手くたどり着けるように、さ」


――結局の所、私は自分の持つその才能とやらについて、まるっきり理解出来ないままバグ技を実行することになった。

 頭がおかしくなりそうだった。昨日から続く情報の洪水に脳が拒絶を起こしていたという話でもあるし、単に私の理解力不足だという話でもあった。

 それ以上に、実感が沸かないことがそもそもの原因だった。

 若くして数学の難問を解いて見せる――素晴らしい才能だ。

 突然始まったセッションに容易く合流して、流暢なアドリブを決めてみせる――素晴らしい才能だ。

 つながりを正しく紡ぐことが出来る――はて、これは一体?


 私は公衆電話に入って受話器を取り、投入口に10円玉を入れている最中、ずっとこのような事を繰り返し考え続けていた。

 エレベーターに乗って1階と2階を行ったり来たりしている時には、より具体的なイメージで才能について考えていた。

 電話を経由して自分自身に時間を訊ね、目を閉じたまま電話ボックスから出た時には、もう何も考えられなくなっていた。


 目を開けると、そこには灰色の世界が広がっていた。

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