猫の行方

《ここまでの話》

黒猫レヴナントが喫茶Paradisoから姿を消した。

偶然出会った黒人の、声帯の無いろうあ者のおばあさん、「ミセス・ウィークエンド」の占いに従って、「私」たちは猫を探し始める。

魚釣り、ペットボトル・ロケットの打ち上げ、ニトリでのバグ技じみた行為――色々あった末、占いが示す「すべき事」はこれで完遂した。

黒猫は見つかるのか。そして端々で見え隠れする、ミセス・ウィークエンドの本当の姿とは。


主な登場人物

・私(語り手) 

Y市の高校一年生。新作ゲームにうつつを抜かし、年末の中間テストで散々な結果を残した。

・ケイ(長良 景子)

Y市の高校一年生。「私」のクラスメイト。くせ毛気味の黒髪ショートヘア。ちっこい。いつもやる気の無いジト目と平坦な声をしていて、何を考えているのか分かりづらい。

・サキ

Y市の高校一年生。「私」たちのひとつ隣のクラス。良く下校時に二人に置いていかれる。長い金髪をポニーテールにしている。スラッとしていて、朗らかな笑顔と目の持ち主でクラスの人気者。喫茶店Paradisoの店主の娘で、忙しい時は店の手伝いをする。喫茶店で黒猫レヴナントを飼っている。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ミセス・ウィークエンドはLINE上での語りを続けた。


【私はその悪霊にも“つながって”みようと試みました】


 私はそれを受けて、【どうでしたか?】と返事を打つ。

 彼女がまた長い時間をかけて文章を送ってくる。

 

【何も反応はありませんでした。不思議なものですね。人に取り憑いているというのに、一向にその恨みの原因を教えてくれない。このようないわゆる「除霊」の経験はほとんどありません。ですがこういうケースであれば結局の所、この世界に何か未練があって、それが何かを聞いて欲しくて、勝手に喋りだす霊が大半だと聞きますが……


 とにかく、これではラチがあかない。

 唯一私は、その霊を初めて見た時からあるひとつの単語を感じ取っていました。誕生日、という単語。私は占いの時、サキさんの誕生日を聞いてピンときました。

 この霊は誕生日に強い拘りを持っている。そして彼女の誕生日はもう間もなく。確か16日の日曜日でしたね?

 霊が何を訴えているのかは今も分かっていませんが、少なくとも16日までにどうにかしないといけません。

 何かが起こってしまう気がしてならないのです。

 これは霊能力というより、直感です。けれど、あなたにも何となく分かりませんか?】


 私はここ数日のサキちゃんの様子をLINEで伝えた。彼女は画面を見ながら深く頷いていた。


【私は昨日、彼女に何かするよう指示を出したりはしていません。私はこう伝えたのです。猫の件に関して、後は私に任せて欲しい。その間、あなたは可能な限り平常心で、やれる限りでかまわないのでいつもの生活を送って下さい、と。】


 ミセス・ウィークエンドが自分のスマホの画面を私に見せた。彼女とサキちゃんの交わしたごく短い応答が、列を成していた。その中に、サキちゃんに何か行動を促す文面は見当たらなかった。ミセス・ウィークエンドはスマホを手元に戻し、顎に手をやりながらキーボードを叩き始めた。


【サキさんには昨日の私のメッセージが、なにか別の物に見えていたようです。原因はやはり取り憑いた霊にあると見てまず間違いないでしょう。

 私の施した素人仕事の結界も、当然ながら完璧ではありません。早急に対処しなくてはなりませんね。

 ここ数日、私はその霊の足取りを追っていました。今回のような、自発的に現れた憑依霊というのは、もうひとつ別の所に“つながり”を持っています。

 霊が現れるに至った原因――例えば、関係性の強い人物や物、場所なんかにも“つながって”いるのです。

 つまり霊というのはまず「原因」とつながります。そして憑依霊であれば、その上で更にそこから誰かに“つながって”取り憑く、という訳です。

 そして、その「原因」と霊との間には痕跡が残るのです。特別な目を持つ人間にしか見えない痕跡が、ね。

 私は兼ねてから一人の調査員にそれを追ってもらっています。夜な夜な、ね】


【調査員?】


【まあ、アルバイトのようなものです。街の中を歩いていると、時々“誤ってつながって”しまった人や場所が「バグって」しまっているのを見かける事があります。

 後者で分かりやすい例はサキさんですね。それらは“誤ったつながり”を持っている恐れがある、あるいは“誤ったつながり”に繋がる可能性があるのです。

 何も起きないものが大半ですが、周囲に悪影響を振りまく存在に成長することもあります。出来ればそれは阻止したいのです。少なくとも、せめて自分の身の回りくらいは。


……ミセス・ワタナベの一件で、私も思うところがあったのですよ。

 という訳で私は一年ほど前にアルバイトを一名、ネットで採用しました。

 面接は専用サイトのチャットで。業務指示も同じです。

 もっともその人物とは直接会ったことがありません。よって、私は未だにその人物がどのような人物なのか分かっていません。残念です。

 が、少なくともチャット上では気さくな良い人ですよ。ね、今風でしょう?】


【立派だと思います】


【自警団ごっこのようなものです。単なる独善的なに過ぎません】


【それで、そのアルバイトさんは何かを掴んだんですか?】


【まず、初めの予感が的中していたことが分かりました。

 痕跡をアルバイトが辿っていくと、このK街から北上していくようでした。

 私は報告された痕跡の、とある箇所をいくつか見て回りました。そこには黒猫の痕跡も残っていました。

 そして「霊の痕跡」からは僅かですがいくつかの情報も読み取れました。

 どんなに黙然としていても、欠片をひとつずつ繋ぎ合わせれば何かが浮かんでくるものです。

 どうやらサキさんに“誤ってつながって”いる霊は、「誕生日を迎えられなかった」事を非常に悔やんでいるようなのです。その事に強い未練を抱いている。

 やはり最初の直感は正しかったわけです。残念ながらね】


【サキちゃんの誕生日は明後日。つまり16日の日曜日までに何とかしないと、という事ですか?】


【そう考えて良さそうです。

 また、こういう事も分かりました。どうやらサキさんに“誤ってつながった”のは恐らく偶然だという事です。

「こちらの世界」に影響を及ぼす力がある霊なのに、サキさんという個人に対する感情は一切伝わってきませんでした。要するに彼女個人への恨みつらみから、仕返しを画策している霊だという訳では、どうも無いようなのです。


 端的に言えば、「あれ」はもうすぐ誕生日を迎えようとしている人間になら、誰にでも“誤ってつながる”可能性があった、という事です。偶然サキさんが選ばれたに過ぎないのでしょう。なんとも理不尽な話ですがね。

 いずれにせよ、時間をかけすぎました。専門家ならもう少し上手くやるのでしょうが、こんな素人でごめんなさいね】


【そんな事無いです】


【とにかく、時間がありません。サキさんの誕生日が間もなくという事もありますが、猫の行方も気になります。

 あなた達の愛すべき黒猫は、あちらの世界と“誤ってつながり”、痕跡を辿って姿を消しました。

 一体彼はどのように決着を付けるつもりなのか? もしかしたら、とんでもない解決法で片を付けてしまい、収集がつかなくなる恐れもあります。猫の考えることを予想するのは、無理難題というものです。

 いずれにせよ、一刻も早く霊の正体を掌握しなくてはなりません。

 あの悪霊が何者なのか、何故こちらの世界と“誤ってつながった”のか――それを知らなくてはなりません。これは“誤ったつながり”を解消するのに必要な手続きなのです。

 他にも方法はありますが……それは危険ですので最後の手段です。


 今日、お願いしたいことは他でもありません。あなたを介して、もう一度ナナミさんとお話をさせて頂きたいのです】


【ナナミと?】


【実はもうひとつ分かったことがあります。例の痕跡を辿っているアルバイトさんからの報告は、更に北上を続けています。

 このまま行くと、YC街に行き着く可能性が高いのです。

――強い負の念を持った死者が出た場所。YC駅前ビル火災。

 そうです。私はそこに霊の「根源」があるのではないかと疑っています】


 私は息を呑んだ。正直に言うと、あまり冷静では無くなっていた。


【ナナミを疑っている、という事ですか?】


【落ち着いて下さい。占いの時、私はナナミさんと話をしましたが、その最中もサキさんに憑いた霊はいました。ナナミさんでは決してありません。

 そういう事ではなく、仮にあの火災で亡くなった人物が関係しているのであれば、ナナミさんが何か知っている可能性があります】


【あの火災で亡くなったのは全部で6人です】


【犠牲者の個人情報はニュース記事で見ました。今や最優先で調べるべき候補です。

 なにせ毎年、死者は膨大な数が出ます。Y市だけでも、年間5000人以上亡くなるものですから。過去の人物を含めれば、分母は更に膨れ上がります。

 その中から該当者を見つけ出すのは、まず不可能でしょう。しらみ潰しに調査する時間もありません】


【よく分かりませんけど、自分の次の誕生日を迎えられない無念なんて大半の人が感じるんじゃないですか?】


【イエス。その通りです。つまり私のこの勘は全く見当違いかもしれません。

 ですが同時にその事実は、「強い未練」という事を考えると、そっくりそのままあの悲劇の犠牲者を調べ上げる理由になる訳です】


 私はどうすべきか少し迷ったが、すぐに承諾した。


【分かりました。お願いします】


 降霊はすぐに始まった。


 マクドナルドで霊能力者に降霊をしてもらう――文字にすると、随分インパクトがある。何かのドッキリみたいに聞こえる。

 ミセス・ウィークエンドの指示で目を閉じて俯いている間、私はそのようなどうでも良い事が頭に浮かんできた。やがてその雑念もなくなった頃、降霊とやらが始まった。


 一瞬、耳の奥で金属が擦れるような、甲高い音が鳴った。次第に音の数は増え、規則性の無いリズムで私の脳内に響き渡った。

 胸騒ぎがした。それからすぐに寒気が全身を襲った。店内の気温が下がったというより、自分自身の体温が低下しているような感覚。私は身体を縮こませてそれに耐えた。

 しばらく目を瞑って暗闇の中でそうしていると、頭の中で「大丈夫」という声が聞こえた。私にはその声の主が誰なのか分からなかった。


 やがて私の肩をミセス・ウィークエンドが軽く叩いた。それを合図に目を開けると、ミセス・ウィークエンドが指でOKマークを作っていた。“つながった”ようだった。

 ミセス・ウィークエンドはしばらく目を閉じていた。穏やかな表情で、ピクリとも動かない彼女。

 はたから見れば、その落ち着き払った様子は平穏そのものだった。

 もの静かな郊外の公園と小動物。

 その片隅にある木陰のベンチで時を過ごす老婦人。

 そんな絵が浮かんでくるほどの、質素で他意の無い、純度の高い静寂。

 占いの時とは全く雰囲気が違った。あの白目を剥いて天を仰ぐポーズも、ただの演出だったのかもしれない。

 どこまでが本当で、どこまでが作り話なのだろう。今の私には判断がつかなかった。

 私はきっと、ミセス・ウィークエンドの言っている事の三分の一も理解できていない。

 もう一度繰り返されても、きっと同じだ。私は彼女を信じるのではなく、自分の直感を信じることにした。


 ミセス・ウィークエンドが目を開けた。彼女は起き抜けのような、ぼんやりとした表情でタイピングをした。

【お待たせしました。ちょうど彼女との「お話」が終わったところです。ところで、まだナナミさんはここにいます。せっかくの機会です、何か彼女と話したいことはありますか?】


【ありません】


 私はミセス・ウィークエンドを真っ直ぐ見つめ、そう返信を打った。ミセス・ウィークエンドは愉快そうに笑みを浮かべて、タイピングを続けた。


【そう言うと思ってた、とついさっき彼女とそう話していたばかりですよ! あぁ、今彼女も帰ってしまいました! また会う日まで、ロング・グッド・バイ!】


 ミセス・ウィークエンドはそうメッセージを送り、誰もいない空間に向かって、わざとらしくおおげさに手を振った。

 湿っぽくならないように――私はそう解釈して、心のなかで彼女に感謝した。


【それにしても、あなたには何か特別な物を感じますね。きっと良い友達に恵まれたおかげでしょう。良い“つながり”は良い結果を招く。

 いいえ! これはちょっと、もったいぶりが過ぎた言葉ですね! 忘れて下さい】


【ありがとうございます】


【どういたしまして! さて、結果を報告しなくてはなりませんね。

 残念ながらナナミさんにも分からないようです。当時あのビルのレストランは大勢の人で賑わっていたようですね。ただ、そこにいた人たちで、何か際立って特徴的な最後を迎えた人はいなかったようです。それに火災が起きてすぐ、煙があっという間に部屋中に蔓延して店内はパニック状態、落ち着く暇もなかった彼女に周囲の把握は難しかったようです。それにレストラン以外のフロアでも亡くなった方が】


 ミセス・ウィークエンドは突然、文章を区切った。少しして続きが送られる。

【ああ、申し訳ない! 配慮にかけていましたね! ごめんなさい、どうか気分を悪くされないでください】


【大丈夫ですよ。続けて下さい】


【とにかく、ナナミさんからはこれ以上の情報を引き出せそうにありません。折角、ご足労願ったのに、成果はゼロ。自分の無力さにほとほと呆れます】


【でも、どうすべきかは分かった気がします】


【そうですね。とは言っても、私も手段が限られています。歳を取ると一日に一度きりしか“つながれ”なくなってしまいました。

 俗に言うMP切れです。ここからはアルバイトと私は、あのビル火災の件に的を絞って調査を続けます。時間との勝負です。最後まで諦めないつもりですよ】


【私はサキちゃんを監視します。明日もきっと学校に来ようとするでしょうし、サキちゃんを見てなきゃいけない気がします】


【その意気ですよ。タフに行きましょう。もちろん無理をせず。タフに、クールに、ね】


【それでは、私は学校に行きます。何か分かったらすぐに連絡をください】


【それでは、また。つむぎさん】


 私が立ち上がろうとした時、ミセス・ウィークエンドが私の名前を呼んだ。突然の事に、私は立ったまま固まってしまった。それを見た彼女は、茶目っ気のあるウィンクをして、私にこんなメッセージを送信した。


【ナナミさんにあなたの名前を教えてもらいました。LINEグループだと、皆さん思い思いの名前を登録しているもので、本名が分かりませんでしたもので。

「井之頭五郎」に「サキ」、そして「ツムツム」。

「サキ」はそのまま本名。これは初めて面と向かってお会いした時に、手話で教えてもらいました。彼女は“正しくつながる”のが得意そうです。声は聞こえないのに、何だか彼女の仕草を見ているだけで、元気を分けてもらっている気分になります。

 そして「井之頭五郎」さんの本名は……そういえば聞き忘れました。今度会ったら本人に尋ねてみましょう。

 そしてあなたはあのゲームアプリの達人……ではなく、紡さん。良い名前ですね】


【隠してた訳じゃないんですが】


【賢明ですよ。もし私が人を呪うという噂が本当だったら――ほらちまたでよく言うじゃないですか。呪術師に名前を知られてはいけない、とね。

 まあどうでも良いことです。じゃありません、紡さん。本当に良い名前ですね。非常にがいきました】


【?】


【「名は体を表す」ですよ。まあ、これもどうでも良い事です。ではありません】


 そうLINEを送ったミセス・ウィークエンドは、いつの間にか身支度を済ませていた。立ち上がって私の横を通り過ぎる時、彼女は私に向かって軽く会釈し、棒立ちの私を残してそのまま階下へと姿を消した。


……2人分のトレイが席に残されてしまった。それらはちゃんと私が片付けて帰った。

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