老婆、更に大いに語る
《ここまでの話》
黒猫レヴナントが喫茶Paradisoから姿を消した。
偶然出会った黒人の、声帯の無いろうあ者のおばあさん、「ミセス・ウィークエンド」の占いに従って、「私」たちは猫を探し始める。
魚釣り、ペットボトル・ロケットの打ち上げ、ニトリでのバグ技じみた行為――色々あった末、占いが示す「すべき事」はこれで完遂した。
黒猫は見つかるのか。そして端々で見え隠れする、ミセス・ウィークエンドの本当の姿とは。
主な登場人物
・私(語り手)
Y市の高校一年生。新作ゲームにうつつを抜かし、年末の中間テストで散々な結果を残した。
・ケイ(長良 景子)
Y市の高校一年生。「私」のクラスメイト。くせ毛気味の黒髪ショートヘア。ちっこい。いつもやる気の無いジト目と平坦な声をしていて、何を考えているのか分かりづらい。
・サキ
Y市の高校一年生。「私」たちのひとつ隣のクラス。良く下校時に二人に置いていかれる。長い金髪をポニーテールにしている。スラッとしていて、朗らかな笑顔と目の持ち主でクラスの人気者。喫茶店Paradisoの店主の娘で、忙しい時は店の手伝いをする。喫茶店で黒猫レヴナントを飼っている。
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普段本を読まないせいで、長い文章と付き合うと頭がくらくらする。私はため息をつきながら次々にLINEに送られてくる物語を読み進め、ミセス・ウィークエンドの事を理解しようと努める。
【何となくですが、分かりました】
私は頭の整理も兼ねて、そうLINEを打った。
【上手く想像できませんが、あなたが壮絶な半生を送ってきた事は分かります】
私がそうメッセージを送ると、目の前のミセス・ウイークエンドは微笑んで、それからこう返信した。
【こんな話を信じますか?】
【信じられるかは分かりませんが、信じてみようと頑張ってます】
【サキさんの為にも?】
【そうです】
私はそう文章を送って、彼女の目を見て頷いた。ミセス・ウィークエンドも同じように頷いた。
【結構! それでは長くなりましたが本題ですね。サキさんが今、置かれている状況についてお話します】
【お願いします】
【彼女は現在、誰かに“誤ってつながって”います】
【どういう事ですか?】
【私がミセス・ワタナベの夫に霊を“つなげた”ように、サキさんは何らかの霊に“誤ってつながって”いるのです】
【誰かがそうしたんですか?】
【いいえ、違います。“つながり”を辿ってもそのような痕跡はありませんでした。サキさんに霊が“つながって”いる事に気が付いたのは、先週の事でした。偶然彼女と出会ったんです】
【サキちゃんが言ってました。一週間前くらいに喫茶Paradisoにあなたがやってきた、って】
【私がふらっと寄ってみた素敵な喫茶店に、たまたま彼女がいて、偶然、霊に憑かれているのを見た。まあそういう事です】
【だからサキちゃんを見て驚いた?】
【そう。そしてその霊はいわゆる“悪霊”の類でした。人の負の感情が生み出した、人に害を与える、あってはならない存在。
どんな害が生じるかは分かりませんが、今風に言えば“やばい”霊です】
【その“やばい”霊の仕業で、サキちゃんがおかしくなっているんですか?】
【おや、当然そう“つなげる”のが自然だと思いますが?】
【違う可能性もあります】
【そうですね、ここから先は順序良くいきましょう。話がそれるので深くは言及しませんが、残念ながらサキさんの変化はそれの影響です】
ミセス・ウィークエンドは軽く頭を下げた。どうしてそうするのかは分からなかった。
【初めに猫が消えましたね?】
【それが最初の影響なんですか?】
【恐らく。戸締まりをきっちりしていたにも関わらず、いなくなったのでしょう?】
私は黒猫レヴナントが喫茶Paradisoからいなくなったあの時、サキちゃんに聞いた状況を思い出した。確かにその通りだった。
【やはりそうでしょう。その猫は恐らく、“誤ってつながった”存在に気が付いたのでしょう。動物は人間より敏感ですからね】
【いなくなったのはどうしてですか?】
【サキさんを守りたかったのでしょうね。あるいは、居心地の良い自分のテリトリーに邪魔が入ったから懲らしめに行った、そんな所でしょうか? 何にせよ、猫の行動原理は摩訶不思議ですからね。全然違う動機の可能性もあります】
【レヴナントはどこに行ったんですか?】
【それでは次の段階に移りましょうか】
ミセス・ウィークエンドは大きく深呼吸した。
【ここから先の話は今まで私がお話した事より、一層うさん臭くなります。それでも良いですか?
もっと言うと、今後のあなたの価値観にも影響する事です。この部分を飛ばして、結論だけをお伝えすることも出来ます。
ここまで話したのは信じてもらう為もありますが、他でもない、あなた自身がそれを知りたがっていると、そう感じたからです。
つまり知る必要のない部分なのです。それでも聞きますか?】
私は少しためらった。霊、呪い、悪霊、突然死――これ以上、何がどう怪しくなるのか想像出来なかった。私は覚悟を決めた。
【上手く言葉にできませんが、私はそれを知るべきな気がするんです。サキちゃんの為にも】
【よろしい。私もその人が知るべきか否か、その分別くらい出来るつもりです。あなたには資格があるようです】
【教えてください】
次の文章が送られてくるまで、少しの間があった。ほんの数十秒の間。
しかし私には数時間のように思えた。長い一瞬の後、再び私のスマホが震えて、ミセス・ウィークエンドからのメッセージを通知した。
【この世界は“つながって”出来ています。これは例え話ではなく、本当に“つながって”いるのです。
あなたと私。あなたとこの街。あなたと出来事。あなたと誰か。
この世界に“つながっていない”モノはひとつとして存在しません。そうやってこの世界は出来ています】
【“つながり”、ですか?】
【そうです。つながる事で成り立つ世界。あるいはこれから“つながる”可能性のある世界。それが多くの人が認識している、この世界の仕組みです】
何だか狐につままれた気分だった。
だからお年寄りは大切にとか、ひとつひとつの出会いを大切にとか、誰かに心無い言葉を浴びせるのは止めましょうとか――そう言われている気分だった。
【だからお年寄りを大事に、出会いを大事にしましょう、という話ではありません】
見透かされていた。私は勢いよく二度頷いた。
【この世界における“つながり”は絶対です。根本的な原則なのです。
天涯孤独の人間であろうと、誰も存在を認知しない人物であろうと、誰であろうと、僅かではありますが確実に“つながり”は存在します。
故に“つながっていない”人間など存在しません。ここまではよろしいですか?】
【はい】
【“つながり”が完全に絶たれ、何にも“つながらなくなった”場合、私たちはそれを死という単語で表現します。
つまり死とは、この世界での“つながり”を失うという事です】
【そうして“つながらなくなった”人が行く場所が、死後の世界ということですか?】
【乗ってきましたね、良い調子ですよ!
そのとおりです。とはいえ私もここは曖昧なのですが、その“つながり”を失ったモノが行き着く世界は、何も“死後の世界”という訳ではないようなのです。
そこは限りなく広大で、あらゆる階層に別れた、ほとんど無限に等しい世界だそうです。
つまりそこはあくまで“つながりを失ったモノ”がたどり着く世界であって、死者以外のモノも存在するらしいのです。
私は自分の能力上、死者の行き着く先の、ごく限られた空間の事しか把握していません】
【他には何があるんですか?】
【さて、私も専門家ではありませんからね。私の理解も、ずっと以前に同じような事が出来るお仲間に聞いた、その断片的なお話を継ぎ合わせた、程度のものですから】
【さっきあなたが言っていた、誰かに霊を“誤ってつなげる”というのは、その世界からこの世界に“つなげる”という事ですか?】
【イエス。
私は死者の魂(便宜上そう呼んでおきましょう)を、この世界に“誤ってつなげて”、そうして交流を試みるのです】
【「正しい」とか「正しくない」というのは?】
【この世界には正しい“つながり”のみが存在します。
私たちの目から見てこれは間違っているのでは、というつながりもありますよね?
敵対し憎み合う隣国。
過激な理念の元に集まる組織。
離婚する夫婦。
悪意をもって人を殺す人間と殺される人間。
ですがそれらは全て、正しく“つながった”この世界の一部なのです。
何もかもは正しくつながり、我々は正しく“間違いを犯す”に過ぎません。
“誤ったつながり”というのは、その“つながりの無い世界”とこちらの世界を繋げる事を指します。
それは何も私のように、意図的に起こす事だけではありません。偶然“誤ってつながる”事のほうがむしろ多いでしょう。
それこそ幽霊談や伝説上の生き物の目撃例なんかは、あちらと“つながってしまった”人間が見たものでしょう。
呪いや怪奇現象、タイムスリップや並行世界への移動なんかも“誤ってつながった”結果なのでしょう。
物を透視出来る人や見ただけで人を呪う呪術師や、それからテレパシーなんかも。それも意図的に“誤ってつながる”事ができる能力の一つです。
ただし、忘れてはならないのは“あちらの世界”と繋がるという事は全て"誤ったつながり”であるという事です。それだけは忘れないでください】
【何だか都合良く聞こえます】
【率直な感想をありがとうございます。
それでも、私たちの“つながる世界”の裏側には確実に“つながりの無い世界”が存在します。好むと好まざるとに関わらず、ね。
さて、黒猫は何処へ行ったか?
あの手の動物は私と同じく、“誤ってつながる”事が得意なのです。古くからその手の言い伝えも多く存在します。
恐らく黒猫は、サキさんに“誤ってつながった”霊の源へと旅立ったのでしょう。“あちらの世界”を通って、ね。だから音も無く喫茶店から消えたのです。
この仮説はあなたの友人、ナナミさんが一緒に考えてくれました】
【ナナミに? いつ聞いたんですか?】
【喫茶Paradisoで占いをしましたね? あの時、私は占うフリをして、あなたを経由して、あなたに近しい人に事情を聞いていました。占いはデマカセです】
【え】
【私の友人の遺言に関しても嘘っぱちです。
この嘘を利用して、これ以上サキさんに悪影響が出ないよう結界を張ってもらいました。
あの缶の箱にはワラ人形と護符が入っています。藁人形には魔除けの効果がありますし、護符と一緒に三箇所に設置してもらうことで、喫茶Paradisoを中心とした三角形の結界を作れました。
藁人形は人を恨うばかりのアイテム、という訳じゃないんですよ?
それから、カサゴの頭にも魔除けの言い伝えがあります。
ペットボトル・ロケットに「妙」の字――正確には「妙」の字に近いおまじないの文字ですね。少し画数が違います――それを貼って高く打ち上げてもらったのも、魔除けの効果を期待してのことです】
【騙しましたね】
【だってそうでしょう? 突然やってきた怪しげな自称占い師に、「やあ。突然だけど、あなたは悪霊に憑かれている。私の言う通りにしなさい」なんて言われて素直に応じますか?】
……ごもっともだった。
【それで、私はあの時占うフリをして、こっそりナナミさんに色々聞いた訳です。あなたを介してね。
彼女はどうやら定期的にあなたと“誤ってつながり”に来ているみたいですね。想定以上に事情通でしたよ。
先程の話に加えて、あなたの身の周りで変わったことはないか? それを入念に聞きました。が、残念ながら彼女には分からずじまいでした。
しかし、確実に目の前には“謝ってつながった”霊がいる。その霊を帰すには、正体が分からなくてはいけません。もしそれが分からないまま“つながり”を断ち切った場合、周囲にどんな影響が出るか分かりませんから。
身近な別の人間に不幸が襲う可能性もあります。それはミセス・ワタナベの一件を思い出していただければ、良く分かるでしょう?
なので私は一からその“誤ったつながり”を辿って、霊の正体を突き止めることにしました。
ちなみに余談ではありますが、黒猫に私が繋がったのも嘘です。彼の年齢も、短い鳴き声が肯定で長い鳴き声が否定だと言うことも、全部ナナミさんが教えてくれて、それに従ったに過ぎません。
それにニトリでの一件も、完全にただのデタラメなデマカセです。時計をイジらせたのも、KANを歌わせたのも、私がその場で適当に考えました。
意味ありげに見える、その実、全く意味のない行為です。
今日の話の導入部として、利用しました。
セフィロスのアミーボもナナミさんに聞いて、急遽用意しました。あの缶の箱を、あの場所に置いてくれさえすれば、後は何でも良かったのです。この際、すべて正直に言っておきます】
……早く言ってよ。というかナナミ、全部言うじゃん。
私は彼女を呪った。しかし、言われたところでミセス・ウィークエンドの推測通りきっと相手にしなかったんだろうな、とも思ったので、何も言えず、泣く泣く頭を下げる事にした。
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