王なき焔の子守唄

@masa_flare

第1話 ザイラン王国

かつてこの国には、朝になると鐘の音が響いていた。

高い塔のてっぺんから鳴る澄んだ音に市場のざわめきと、こんがり焼いた肉の香りが重なる。


石畳の通りを子供たちが走り、店頭では若い声で飛び交っていた。その向こうでは見上げるほど高い城のバルコニーに立つ王に、人々は手を振っていた。


それが、この国のあたりまえの日常だった。


_____今はもう、違う。


焦げ臭い風と灰が舞い吹き抜けるたびに、

かつて屋根だったものは地面に崩れ落ち、もう二度と空を覆うことはない。

焼け落ちた家々。まるで、ここに暮らしていた人々が、形を変えて骸のように残っている。

誰もいない。ただ風に舞う灰だけが残っている。


そう、

かつて栄えた王国は、「焔の王ザイラン」が放った災厄によって滅びた。


焼けた空気の中を歩いている時だった。

かすかな唄声が、風に乗って耳に届いた。

最初は幻聴かと思ったが、その旋律はあまりにもよく知っていた。


そして、廃墟と化した城で出会ったのは、焔に包まれ灰になった世界でただひとり唄を紡ぐ少女だった。


父も、母も、妹も。

何一つ残らず、すべてこの国ごと一緒に消えた。

なのに、なぜか_____俺だけが生き残った。

そのことがずっと胸に刺さったままだ。


昔、母が唄ってくれた子守唄____

優しくて、暖かい、眠れない夜によく聴かせてくれたあの唄だった。


......ありえない。


この国が滅んだ時にあの唄も、母も、全部消えたはずだ。


灰を踏みしめながら、音の方へと歩いて行く。瓦礫の向こう、崩れかけた王座の間。


そこで___

ひとり、唄っている少女がいた。


すすれた白い衣を身にまとい、長い髪は灰にまみれている。小さな体で、細く、それでもまっすぐな声で唄っていた。


俺の足音に気づいたのか、少女は唄を止めてこちらをみた。


目が合う。


一瞬だけ、何かを探るような視線が交わったあと、少女は小さく首を傾けた。


「.....あなたは、誰?」


その問いに、俺はほんの少しだけ戸惑った。


こんな廃墟で、誰かに名前を訊かれるなんて、思ってもみなかった。けど、気づけば口が動いていた。


「ダミアン。.....ただの、生き残りだ」


少女はふんわりと頷いた。


「私はティナ。ここで唄ってるの。」


「その唄、知っている。.....母が昔、唄ってくれた」


そう言った瞬間、

ティナの表情がほんの少し、和らいだように見えた。


「そっか....。

それなら、なんだか..,.嬉しいな」

ティナはそっと微笑む。


「わたしにこの唄をくれたのは....お父様だったの。優しくて、あたたかくて....でも、今はもう、どこにもいない」


"お父様"


その言葉が、胸に引っかかった。


この滅びた王国に、俺と同じ唄を知る少女がいて、

その唄を"父から贈られた"と言う。


.....何者なんだ、この子は。


けれどその問いは、声にはならなかった。


ティナは、もう一度ゆっくりと目を閉じ、そっと唄い始めた。


灰の舞う王の間に、静かな旋律が再び広がっていく。



俺は、ただ黙ってそれを聴いていた。

何も言えず、何もできず____

けれど、たしかに胸の奥が、ほんの少しだけ、

あたたかくなっていた。


それが何なのかは、まだわからなかった。




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