第7話:地平線、未だ遠く。
「あれ・・・えっと・・・」
「か、カノン~!!!!」
「え、えっと、何で泣いてるの・・・?」
「そ、そりゃ泣くでしょ~!?」
「カノンさん、何も覚えてないんですか・・・?」
「え、えっと、飛んだとこまでは覚えてて・・・」
「ううん!?」
アンナは必死に首を横に振った。「カノンね、あの後落ちたの!」
「え・・・?」
アンナが経緯を語る。
曰く、カノンはバルコニーから跳んだあと、数回羽ばたいた。が、羽ばたいただけで、空を飛ぶことは疎か、そのまま綺麗に落下した。偶然か、カノンの前のめりになった姿勢からぐるっと半回転し、半ば頭から落下したが、人体飛行セット2の骨組みなどがクッションになり、大事には至らなかった。その代わり、カノンは落ちた衝撃で意識を失い、目を回しながら倒れていたそうだ。アンナたちが慌てて介抱に入り、ヨハンは急いでカノンのもとへ向かった。そうして今、町の病院の一室で手当てを受けていた。
「と、飛べなかったの・・・?私・・・」
「うん!!全く!!」
「な、何でこんな役引き受けたんですか!」
「え、えっと・・・その、断るにも断りにくくて・・・」
「・・・ちッ、呆れたもんだな。」
ジャンが言い捨てた。
「ジャンさん・・・」
「バカにも程があんだろ。あんなハリボテを見せられて、本当に飛べるとでも思ったのか?お前。」
「・・・内心、無理だろうなぁ、とは・・・」
「じゃあ何で引き受けた!」
ジャンが声を張り上げた。
「・・・私は・・・先代から受け継がれた夢を、ヨハンさんの夢を叶えたかったんだと思います。そう信じる心さえあれば、飛べるんじゃないかって。誰か一人でも信じてあげないと、ヨハンさんの夢は叶わないんだ、って。」
「ンな事で自分の命までかける必要ねェ!」
「でも!でも、私は誰かの夢を笑いたくはない。絵空事だって決めつけて、終わりたくはない。」
「・・・しょうもねェ。ま、こんな事まで言わせるんだ、ヨハンのヤツは合わせる顔がねェだろうぜ。」
そう言ってジャンは病室の入口を睨みつけた。入口の方には、自信を完全になくしてしまったのか、落ち込む姿のヨハンが居た。
「ヨハンさん・・・」
「か、カノンさん・・・ひいては皇楽聖律団第8楽隊の皆さま・・・本当に、本当に申し訳ない・・・わたくしの発明は、また失敗に終わってしまい・・・それどころか、あわやカノンさんを危険な目に・・・」
「危険かどうかは、やる前にわかるだろうよ。フツーは。」
「おっしゃる通りです・・・わたくしが、全てはこのわたくしが、研究のみにしか思考がいかず、安全性などを度外視してしまったがため・・・」
「あ、あの、その。ヨハンさんは謝ること無いと思います。」
カノンは言った。それに対し、ジャンは呆れた顔で、ヨハンは驚ききった顔でカノンを見た。それを目にしつつ、カノンは続ける。
「私は、ただ単にヨハンさんの力になりたかった。私が飛ぶことで、ヨハンさんの夢が実現に一歩でも実現できるのなら、そう思って、飛んだんです。結果はまぁ、その、アレですけど。でも、夢を追うって・・・しかも、先代や他の研究者たちもたどり着いたことのない、大きな夢を追ってるのって、素敵だな、って。かつての自分も、ただひとりの夢追い人に過ぎませんでしたから。ヨハンさんの気持ちがよくわかったんです。」
「だ、だからってお前・・・」
「だから、えっと。次の発明品!期待してます!”こうもり博士”!」
「か、カノンさん・・・!」
落ち込んでいたヨハンの顔がみるみる内に明るくなっていった。
その後、カノンは一晩だけ様子を見るため入院した。次の日、何事もなく退院した。ジャンはまだ腑に落ちないような顔をしているが、カノンの方はすっきりしていた。
第8楽隊の一行は馬車に乗って町をあとにした。ヨハンはその姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。カノンも振り返し、アンナも笑顔で振り返していた。
それからしばらくたって、皇楽聖律団本部に帰ってきた。一行をリストが迎える。
「おー。おかえりおかえり。初仕事はどうだったかな?」
馬車から降りる一行にリストが訊ねる。
「え、えっと。ちょっと、大変でした・・・?」
「ちょっとじゃねぇだろ。バカ。」
ジャンはそう言ってカノンの頭を小突く。
「まぁ、色々あったけどさ、演奏もできたし!いい感じなんじゃない?」
「う、うーん、それもどうかと思いますけど・・・」
アンナの言い方にロベルトがまた首を傾げた。
「ま、色々あったみたいだけど、無事完遂できたようで何より。第8楽隊のスタートを華で飾れて僕も十分、って感じかな。」
リストがそう言ってその場をまとめた。
「あの、ところで、リストさんはなんでわざわざ私たちを迎えに・・・?」
「ん?あぁ、そうそう。わざわざって程でもないんだけど。というかこれ僕の仕事なんだけどね。次の君たちの仕事とか、色々伝えようかなって。」
「おー。ひとつの仕事が終わったら、また次の仕事かー。プロっぽくていいね。」
「の、のんきですねアンナさん・・・」
「先に伝えることがひとつ。」
リストを加えた一行は、第8控室まで来ていた。リストはデスクに腰かけ、ソファに座るカノンたちを見ながら話す。
「まずは初仕事で疲れただろうから、1日休暇を与える。この間に、楽器の手入れとか、魔物との戦い方とか、復習するなりなんなりしといてね。」
「あ、そうそう!魔物で思い出したけど、初仕事は少し外れの町に行くだけだったから、魔物に出くわさなかったよね。今後どうする・・・?」
アンナがそう言って、続ける。「もしさ、この国に魔物の軍隊が攻めて来るぞー!とか、逆に魔物の巣窟を排除するぞー!とか、そんな仕事もあるんじゃないの?」
「んー、ま、そこまで大仰なことはそうそう起こらないけど。馬車で移動中に魔物に襲われたりとかあるんだよね。一番多いのはゴブリンとかコボルトとかの一部の蛮族ね。アイツらの中には人間社会に溶け込んで上手くやってる個体も居るようだけど。そんなヤツと、そうじゃないヤツと、区別してやってかないとね。」
「うーん。私、魔法はちょっと自信ないんですよね・・・」
「そうなの?アタシはね、火を扱う魔法が得意なの!故郷が寒かったからさ、アタシだけじゃなくてみんなが得意だったなー。」
「ぼ、ぼくは魔法はてんで・・・貰った短剣で戦えるかどうかも・・・」
「俺は問題ない。魔法なら何でも使える。短剣だろうがなんだろうが武器がありゃ戦える。」
「ほえー、自信たっぷりじゃん。」
「・・・あ!」
魔物との戦い方について一行が話していると、リストが何かを思い出したかのように声を挙げた。
「ど、どうしたんです?」
「そうそう、君たちの次の仕事なんだけどね、今の話を聞いてていい仕事があったなって!魔法や戦闘の訓練にもなるんじゃないかな?」
「その次の仕事って、なんなんです?」
「依頼主は、皇国軍遊撃部隊所属の”アルル・ファランドール・ビゼー”って人から。ちょっと有名な人なんだけど、知らない?」
「わ、私は存じ上げてないです・・・」
「アタシもー。」
「ぼ、ぼくもです。」
「俺も軍には興味がない。」
「なんだ、みんな意外と疎いのね。アルルさんはね、皇国軍ただひとりの女性兵なんだよ。元々は一兵卒に過ぎなかったんだけど、ある戦役に派遣された時に、八面六臂の活躍を見せてね。それを買われて、遊撃部隊に所属したんだ。今では遊撃部隊指折りの銃使いでね。あ、魔法の方はダメみたい。銃と実力でのし上がった、って感じかな。」
「ほえー、いろんな人が居るもんだね。」
「それで、お仕事ってのは・・・?」
「えっとね、まあある種”人捜し”かな。詳しい内容はまた後日、正式に依頼として発行できた時に話すよ。」
「人捜しが、どう魔法やら戦闘やらに関係してくんだよ。」
「それも後日のお楽しみって事で~。んじゃま!今日は解散かな!各自ちゃんと休憩をとって、次の仕事に挑めるように!」
「はーい!」
アンナがいの一番に返事し、部屋を出ていった。
「あ、えっと、わかりました!」
ロベルトも続いて部屋を出ようとする。それに続いて、ジャンも黙って出て行った。
「カノン~!一緒にご飯食べよー!」
部屋を出てカノンを待っていたのか、アンナが大きな声でカノンを呼ぶ。
「あ、うん!今行く!・・・じゃあ、これで。」
カノンもそう言って部屋をあとにした。
「・・・うーん、いい感じなんじゃないかなぁ。少なくとも、今の所は。問題は・・・ジャン君とカノンちゃんの間に広がる溝かなぁ。・・・ま、この辺も後でどうにかなるでしょ!さーて、僕もお昼お昼・・・」
リストはのんきに・・・だが、少しどこか含みを持たせたようにひとり呟き、部屋を去った。
初仕事は、無事ではないものの、完遂できた第8楽隊。次の仕事では、どのような出来事が待ち受けているのだろうか。
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