第6話:カノン、飛びます!
「ねーねー、カノン遅くない?」
ヨハンの家の外で、馬車の荷台から楽器をおろしていたアンナがぽつりと言う。
「確かに、ちょっと遅いですね。」
「ま、精々与太話に付き合ってやってる、ってところなんじゃないか?」
ロベルトが心配そうに返すのに対して、ジャンは面倒くさそうにまとめた。
「与太話って言ってもさ、家の中にあった色々な発明はホンモノだったよ!アタシ、触ってみてわかったもん!」
「ぼくが止めてるのにツンツン触ってましたもんね・・・」
「・・・俺が見るに、あの発明は先代のものだな。」
「ありゃ?ジャンも興味あったの?」
アンナがジャンの顔を覗き込む。
「いや、興味があったわけじゃねぇ。ただ嫌でも目に入ってくるから自然と頭が分析しちまうんだよ。」
「なにそれ、博士みたい。」
「言ってろ・・・まぁ、うちのリーダーが詳しく話を聞いて戻ってくるだろうよ。あの熱量で話されたら、嫌でもこっちに報告するだろうよ。」
「ふーん・・・あ、ところでなんだけどさ。」
「あ?」
「発表会の演奏の準備してるわけだけどさ、発表会の会場も、演奏をどこでするのかも、アタシら訊いてなくない・・・?」
「・・・確かに。」
「い、嫌ではありますけど、こうもり博士さんに後で訊かないと、ですね・・・」
一方、ヨハン宅内。
「いやはや、これほどの逸材が!わたくしの発明の証明にピッタリな人物が居ようとは!」
「あ、あはは・・・」
カノンは既に、人体飛行セット2を背負わされていた。見た目は軽そうだが、実際に背負ってみると、結構重たかった。
「あなたがた、皇楽聖律団をやめてわたくしの専属実験台に・・・」
「なりません!」
ヨハンの言葉をカノンが思いっきり遮った。
「・・・しかし、今回ばかりは、失敗はできないのですよ。先代から続く発明・・・その成果が実ったと、世に見せつけなければならない。」
「そ、それはわかりますけど・・・」
「あなたがたは飛んでくれればそれで良い。本当の所は、どこまで飛ぶか、どれだけ滞空していられるか・・・わたくしの研究通りの数値を出さなければならないのですがね。」
「ど、どこまでって・・・これってどこまで飛べるんです・・・?」
「さあ。あなたがたの好きな場所まで飛んでいけましょうとも。」
「え、えぇ・・・?」
カノンが腕に取り付けられた羽をパタパタと動かしてみる。
「でもこれ・・・」
「さあ!発表会ももうすぐですぞ!あなたがたはコンディションを!身体的にも精神的にも、コンディションをバッッッッチリ整えてください!」
「は、はあ。・・・はあ・・・・」
カノンはため息交じりに、この先の展開を想像して、憂いた。
それから数時間後、町の中心の集会所に、第8楽隊の面々・・・カノンを除いての3人が集まっていた。演奏の準備もバッチリだ。
「・・・で、カノンは戻ってこないわけだけど。」
「何やってんだか・・・こんなのでリーダーが務まるのかよ。先が思いやられるね。」
「ま、まあまあ。カノンさんならそのうち来ますって、きっと・・・」
集会所には少し人だかりができていた。と言っても、少しでも面白い物を見ようと思った子どもと、集会所にいつも集まっている老人たち、また、皇楽聖律団の演奏を聴きに来たという数人の若い者たちだけだが。
「しかし、緊張しますね・・・」
「まーまー、そんなに肩に力入れずに!いつも通りやればいいんだって、いつも通り!」
「いつも通りって言っても、これが初仕事なんですけど・・・」
「もー、細かいなぁ。」
ロベルトとアンナが言い合っていると、そこにタキシード姿のヨハンがやってきた。
「やあやあ皆さま。本日は演奏をひとつ、よろしくお願いしますよ。」
「んな挨拶はどうでもいいから、うちのメンバーを返してくれないか。」
ジャンが半ば喧嘩を売るように言った。
「あっと、伝え忘れていましたかね?カノンさんは今回の発表会のキモなんですよ。まあ・・・後のことはサプライズ、という事でね。」
「嬉しくもないサプライズだな。」
「まあまあそう言わずに!わたくし、これでも皇楽聖律団の皆様方の演奏には期待を寄せているのですよ?我が研究品の豪華演出の一つとしてね!」
「・・・あくまで、俺たちは付属品か。」
「いえいえ、そうは言いませんとも。それに、自らを付属品かどうかを決めるのは、他でもないあなたがたたち自身なのですよ?」
「あ?」
ジャンが身を乗り出した。
「あ、えっと!と、とりあえず!演奏しますから!博士は発表の方に集中してください!ね?」
「ふむ。それもそうですな。では、また後ほど会いましょうぞ。」
アンナが間に割って入り、どうにか喧嘩が起きないように収めた。
「もー。ジャンって結構怒りの沸点低いよね。」
「お前が高すぎるんじゃねぇのか。」
「ど、どっちもどっちでは・・・?」
ジャンとアンナの言い合いに、ロベルトは首を傾げた。
そして、しばらくがたって日が傾きかけた頃。
集会所の3階、バルコニーの目立つところに、ヨハンは立った。
「やあやあ!これは皆さま!」
その一言が聞こえてきた後、ロベルトがドラムロールを鳴らす。
「今回はお集まりいただき、誠にありがとうございます!今回ここで見せる発明品は、皆さまの期待を超え、文字通り地平線の彼方をも目指せる、一大発明品でござい!」
ヨハンがそう言うと、観客たちは「どうせいつもの失敗作だろ。」や、「前置きはいいから早く見せてー!」など、色々と自由に声が挙がった。
その声を聞きつつ、アンナ達は演奏を始める。
「さあさ!皆さま、ご覧くだされ!」
ヨハンは一歩下がり、布が被さった発明品の横に立つ。
「これが!我らが”フレーダーマウス家”の研究の行き着いた先!人類の永遠の夢!それが叶えられた代物、”人体飛行セット2”ですッ!」
ヨハンはそう言いつつ、布をバサッと豪快に取り去った。
その発明品に、と、言うより。その発明品を背負っている人物を見て、思わず第8楽隊の演奏の手が止まる。
そこには、人体飛行セット2を背負って、両手を挙げ、まるで飛翔する直前の白鳥の様にして立っている、カノンの姿があった。表情もなんだかキリッとしている。
「か、カノン・・・?」
アンナが思わずつぶやく。それがかすかに聴こえてきたカノンは、恥ずかしさで若干頬を赤らめた。
「今日!人類は地面を離れ、空を飛ぶ!これはその人類の夢の、第一歩なのです!」
ヨハンがそう言うと、カノンは数歩歩いてバルコニーの柵の上に立った。
「あ、危ないよカノン・・・!」
「何やってんだアイツ・・・!」
「ど、どうします?止めます?」
他の3人はパニック状態だった。観客たちも、「その子が怪我したらどうすんだー!」や、「危ないよお姉ちゃん!降りて降りて!」など、カノンを心配する声ばかりだ。
しかし、ヨハンはそれを振り切るようにして言い放つ。
「さあ!これが!世界初の!人体飛行!いざ飛べ!未来という名の地平線へと向かって!」
そうしてヨハンはカノンの背中を押した。カノンはそれと同時にピョンっと跳ぶ。
「わッ・・・!」
「ちッ・・・」
「わあ・・・!」
第8楽隊、そして観客たちの驚く声がぞよっと響く。
そこから先のことを、カノンはあまり、よく覚えていない。ただ意識が復活した時には、ベッドで横になるカノンの手を涙を流しながら握るアンナと、それを横で心配そうに見ているロベルト、”やれやれだ”と言わんばかりの表情のジャンの3人の姿だった。
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